PSA 203、全身に光る骨―転移性前立腺癌の第一手はなぜホルモン療法か
第104回医師国家試験 D問題 第36問
国試問題にチャレンジ
67歳の男性。人間ドックでPSAの高値を指摘され来院した。既往歴と家族歴とに特記すべきことはない。身長162 cm,体重61 kg。体温36.2℃。脈拍68/分,整。血圧128/72 mmHg。腹部は平坦,軟で,肝・脾を触知しない。直腸診で鶏卵大,石様硬の前立腺を触知する。尿所見:蛋白(-),糖(-),沈渣に赤血球と白血球とを認めない。血液所見:赤血球440万,Hb 14.6 g/dL,Ht 44%,白血球5,800,血小板28万。PSA 203 ng/mL(基準4.0以下)。前立腺生検を施行した。骨シンチグラムを別に示す。 対応として適切なのはどれか。

- a.経過観察
- b.抗癌化学療法
- c.ホルモン療法
- d.前立腺全摘除術
- e.密封小線源治療
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
直腸診で石様硬の前立腺を触れ、PSAが100 ng/mLを超えるほどの高値であれば、前立腺癌の遠隔転移を疑って骨シンチグラムで評価します。前立腺癌の骨転移は造骨性で、脊椎・骨盤・肋骨・大腿骨などに多発する集積として描出されます。転移性前立腺癌はアンドロゲン依存性であるため、外科的・内科的去勢を中心としたホルモン療法が治療の基本であり、前立腺全摘除術や密封小線源治療、監視療法は限局癌が対象です。化学療法はホルモン療法への上乗せや去勢抵抗性となった段階で用いられ、LH-RHアゴニスト投与初期のフレア現象や長期治療による骨粗鬆症などにも注意が必要です。病期によって治療の軸が「局所の根治」から「全身のホルモン制御」へ切り替わるという考え方は、癌治療全般の方針決定に通じる重要な視点です。
解答・解説
正解はcです
所見の整理
・67歳男性。自覚症状はなく、人間ドックで前立腺特異抗原(PSA)高値を指摘された。 ・直腸診:鶏卵大で「石様硬」の前立腺。石のように硬い硬結は前立腺癌を示唆する典型的な表現であり、前立腺肥大症では「弾性硬」で表面平滑、急性前立腺炎では圧痛・熱感を伴う柔らかい腫大となる。 ・尿沈渣に白血球・赤血球なし、発熱なし:急性前立腺炎などの炎症による PSA 上昇は考えにくい。 ・PSA 203 ng/mL:基準(4.0 ng/mL 以下)を大きく上回る。PSA が数十~100 ng/mL を超える場合は、遠隔転移を伴う進行癌である可能性が高い。 ・血算は正常で、貧血や血小板減少(骨髄への広範な浸潤を示唆する所見)はない。 ・骨シンチグラム:脊椎、肋骨、骨盤、肩甲帯周囲、大腿骨近位など、体幹骨を中心に多数の異常集積を認める。前立腺癌の骨転移は骨形成(造骨)性であり、骨シンチグラムで強い集積として描出される。
診断
前立腺生検の結果は示されていないが、石様硬の前立腺、著明な PSA 高値、多発する骨への集積から、多発骨転移を伴う前立腺癌(TNM 分類で M1b、旧来の Jewett 分類で病期 D2)と考えられる。
治療方針の考え方
前立腺癌の多くは男性ホルモン(アンドロゲン)に依存して増殖する。遠隔転移のある前立腺癌は手術や放射線で局所を治療しても治癒は望めないため、全身治療が必要であり、その基本はアンドロゲンを除去・遮断するホルモン療法(アンドロゲン除去療法:ADT)である。前立腺全摘除術や密封小線源治療は、癌が前立腺内にとどまる限局癌を根治するための治療であり、転移例の標準治療にはならない。
選択肢考察
- ×a. 経過観察
低リスクの限局性前立腺癌(PSA が低く、Gleason スコアが低く、腫瘍量が少ないもの)では、すぐに治療せず PSA や再生検で経過を追う監視療法(PSA 監視療法、active surveillance)が選択肢になる。しかし本例は多発骨転移を伴う進行癌であり、現時点で無症状でも、放置すれば骨痛、病的骨折、脊髄圧迫による麻痺、高カルシウム血症などが生じる危険が高い。有効な治療があるにもかかわらず経過観察とするのは不適切である。
- ×b. 抗癌化学療法
前立腺癌に有効な抗癌薬として、タキサン系のドセタキセルやカバジタキセルがある。これらは主にホルモン療法が効かなくなった去勢抵抗性前立腺癌(CRPC)に用いられてきた。現在では、転移のあるホルモン感受性前立腺癌でも、腫瘍量の多い例などでドセタキセルをホルモン療法に上乗せすることがあるが、その場合もホルモン療法が治療の土台であり、化学療法を単独で最初に選ぶことはない。したがって本例の初期対応として最も適切なのはホルモン療法である。
- ○c. ホルモン療法
前立腺癌はアンドロゲンに依存して増殖するため、アンドロゲンを除去・遮断するホルモン療法が転移性前立腺癌の治療の基本である。男性のアンドロゲンの約95%は精巣で作られるため、両側精巣摘除術(外科的去勢)、または同等の効果をもつ LH-RH(GnRH)アゴニストや GnRH アンタゴニストの投与(内科的去勢)を行い、必要に応じて抗アンドロゲン薬を併用する。1941年に Huggins が去勢による前立腺癌の退縮を報告し、後にノーベル賞を受賞したことでも知られる。初期にはほとんどの症例で PSA 低下・病勢の改善が得られる。現在では、去勢に新規アンドロゲン受容体経路阻害薬(アビラテロン、エンザルタミド、アパルタミドなど)を併用することも標準的に行われる。
- ×d. 前立腺全摘除術
根治的前立腺全摘除術は、癌が前立腺内にとどまる限局性前立腺癌(および一部の局所進行癌)を対象とした根治治療である。本例のように多発骨転移がある場合は、前立腺を摘除しても全身に広がった病変は残るため、生命予後の改善は期待できず、手術の侵襲や尿失禁・勃起障害などの合併症だけを負うことになる。したがって適応はない。
- ×e. 密封小線源治療
密封小線源治療(ブラキセラピー)は、ヨウ素125などの放射性線源を前立腺内に埋め込んで局所に高線量を照射する方法で、主に低~中リスクの限局性前立腺癌が対象である。多発骨転移のある本例では局所治療で根治は望めないため適応とならない。なお、転移例でも骨転移による疼痛の緩和などを目的とした外照射は行われることがある。
前立腺癌の診断の流れ
①PSA 高値や直腸診の異常で疑う → ②MRI(マルチパラメトリック MRI)で病変を評価 → ③経直腸または経会陰の前立腺生検で組織診断(Gleason スコア、グレードグループ)→ ④CT・骨シンチグラムで病期診断。 PSA は前立腺に特異的だが癌に特異的ではなく、前立腺肥大症、前立腺炎、尿閉、カテーテル操作などでも上昇する。特に急性前立腺炎では著明高値となることがあるため、感染所見の有無を確認する。
転移の特徴
前立腺癌は骨転移をきたしやすく、脊椎(特に腰椎)、骨盤、肋骨、大腿骨近位などに多い。骨転移は造骨性で、単純X線では骨硬化像として、骨シンチグラムでは集積亢進として描出される。血清アルカリホスファターゼ(ALP)の上昇を伴うことが多い。
病期別の治療の概要
・限局癌:リスク分類(PSA 値、Gleason スコア、T 分類)に応じて、監視療法、前立腺全摘除術(ロボット支援手術など)、放射線治療(外照射、密封小線源治療)を選ぶ。 ・局所進行癌:放射線治療+ホルモン療法など。 ・転移癌:ホルモン療法を基本とし、新規アンドロゲン受容体経路阻害薬やドセタキセルを併用することがある。 ・去勢抵抗性前立腺癌(CRPC):新規ホルモン薬、ドセタキセル、カバジタキセル、ラジウム223(骨転移に対する放射性医薬品)、遺伝子異常に応じた PARP 阻害薬などを用いる。
ホルモン療法の注意点
・LH-RH アゴニストは投与初期に一過性に LH とテストステロンを上昇させ、骨痛の増悪や脊髄圧迫症状などの病勢悪化(フレア現象)を起こしうる。これを防ぐため、抗アンドロゲン薬を先行・併用するか、フレアを起こさない GnRH アンタゴニスト(デガレリクス)を用いる。 ・長期のアンドロゲン除去では、ほてり、性機能低下、骨粗鬆症、筋肉量減少、糖・脂質代謝異常、心血管リスクの上昇などが起こる。 ・骨転移に伴う骨関連事象(病的骨折、脊髄圧迫など)の予防には、デノスマブやゾレドロン酸などの骨修飾薬が用いられる(顎骨壊死、低カルシウム血症に注意)。
POINT
・直腸診で石様硬の前立腺+PSA 著明高値 → 前立腺癌。 ・PSA が100 ng/mL を超えるような高値では遠隔転移を疑い、骨シンチグラムで評価する。 ・前立腺癌の骨転移は造骨性で、脊椎・骨盤・肋骨・大腿骨に多い。 ・転移性前立腺癌の治療の基本はホルモン療法(外科的・内科的去勢±抗アンドロゲン薬、新規ホルモン薬の併用)。 ・前立腺全摘除術・密封小線源治療は限局癌が対象で、転移例には適応がない。 ・化学療法(ドセタキセルなど)は去勢抵抗性前立腺癌や、ホルモン療法への上乗せとして用いる。 ・LH-RH アゴニストではフレア現象に注意する。
