StudyMed医師国家試験

夕方かすむ眼と調節幅2.0D―緑内障の影に隠れた「老視」を見抜く

第104回医師国家試験 A問題 第56問

国試問題にチャレンジ

第104回 A問題 第56問

 53歳の女性。事務職。眼の圧迫感を主訴に来院した。5年前から気管支喘息があり,副腎皮質ステロイド吸入薬を使用している。3年前から夕方になると,眼がかすむことがあった。最近は,書類が見づらくなり眼の痛みを感じることが多い。眼位と眼球運動とに異常を認めない。視力は右1.0(1.2×-0.25 D),左1.2(矯正不能)。眼圧は右22 mmHg,左22 mmHg。細隙灯顕微鏡検査では前眼部,中間透光体および眼底に異常を認めない。静的量的視野検査で異常は検出されない。涙液分泌検査SchirmerテストⅠ法で右10 mm,左10 mm。調節幅は両眼ともに2.0 Dである。  対応として適切なのはどれか。

  1. a.抗菌薬点眼
  2. b.β遮断薬点眼
  3. c.トロピカミド点眼
  4. d.遠用眼鏡処方
  5. e.近用眼鏡処方

対話形式の解説

ドクタードクター
今回は、近くの作業で眼がつらくなる、いわゆる眼精疲労の原因を突き止めて、適切な対応を選ぶ問題だ。ステロイドの使用歴やぎりぎりの眼圧など、目を引く情報がいくつも並んでいるけれど、本当の手がかりは最後に書かれた検査値にある。まずは全体を見て、何が気になったかな。
医学生医学生
ステロイド吸入薬を使っていて眼圧が22 mmHgなので、ステロイド緑内障ではないかと思いました。
ドクタードクター
そう考えるのは自然だし、実際この問題の一番の落とし穴でもある。確かに眼圧は統計的な正常範囲、おおむね10〜21 mmHgの上限をわずかに超えている。でも、緑内障の診断で決め手になるのは何だったかな。
医学生医学生
視神経乳頭の陥凹拡大と、それに対応する視野障害です。眼科の講義で「眼圧だけでは診断しない」と強調されました。
ドクタードクター
その通り。今回は眼底に異常がなく、静的量的視野検査も正常。だから緑内障性視神経症とはいえず、眼圧がやや高いだけの状態、つまり高眼圧症の疑いにとどまる。逆に、眼圧が正常でも緑内障になる正常眼圧緑内障があることも一緒に覚えておこう。
医学生医学生
吸入ステロイドでも眼圧は上がるんですか。
ドクタードクター
ステロイドは線維柱帯からの房水流出を妨げて眼圧を上げうる。最も起こりやすいのは点眼で、内服や注射でも起こる。吸入や点鼻ではリスクは低いけれど、長期・高用量では報告があるから、今後の眼圧の経過観察は大事だ。ただ、今回の症状の原因としては考えにくい。では、ほかの原因を順に消していこう。
医学生医学生
眼の疲れならドライアイもありそうです。事務職でパソコン作業も多そうですし。
ドクタードクター
いい着眼点だ。でもSchirmerテストは両眼10 mmで、ドライアイの目安である5 mm以下には当たらない。前眼部も正常だから否定的だね。感染や炎症の所見もないし、遠方の屈折もほぼ正視だから、未矯正の遠視や乱視が原因ともいえない。そこで残るのが調節幅だ。2.0 Dという数字をどう読む?
医学生医学生
えっと、近点の距離は調節幅の逆数なので、1/2.0で0.5 m……50 cmより近くにはピントが合わない、ということですか。
ドクタードクター
完璧だ。書類を読む距離は30〜40 cmくらいだから、調節力が足りず、無理に調節し続けることで眼が痛くなったり圧迫感が出たりする。1日の近見作業で疲れがたまるから、夕方に悪化するのも説明がつく。53歳という年齢も合わせると、診断は老視とそれによる調節性眼精疲労だ。
医学生医学生
老眼ということですね。水晶体が硬くなって、毛様体筋が縮んでも膨らみにくくなるんでしたっけ。
ドクタードクター
その通り。屈折異常ではなく生理的な加齢変化だ。調節幅は10歳代で10 D以上あるのが、40歳前後で4〜5 D、50歳前後で2〜3 D、60歳代で1 D前後まで落ちていく。読書距離の約33 cmは3 Dに相当するから、3 Dを切るあたりから症状が出やすくなるんだ。では対応を考えよう。正解は近用眼鏡、つまり凸レンズの老眼鏡で足りない調節力を補うことだ。
医学生医学生
薬で治すものではないんですね。じゃあトロピカミドはどうでしょう。小児科実習で、仮性近視の子に使うと聞きました。
ドクタードクター
トロピカミドは抗コリン作用の散瞳薬で、毛様体筋も弛緩させる。調節が緊張しすぎている状態なら意味があるけれど、今回は調節が足りないのが問題だ。さらに調節を抑えれば近くはもっと見づらくなるし、隅角が狭い眼では散瞳で急性閉塞隅角発作を誘発するおそれもある。
医学生医学生
眼圧が高めなので、β遮断薬の点眼も候補になりそうに見えました。
ドクタードクター
そこは二重の意味でダメなんだ。まず緑内障と診断できないから眼圧を下げる必要がない。そしてもっと重要なのが、この人は気管支喘息だということ。チモロールなどのβ遮断薬は、点眼でも鼻涙管から吸収されて全身に作用し、β2遮断で気管支を収縮させうる。気管支喘息には禁忌だよ。
医学生医学生
薬理学で習った非選択的β遮断薬の禁忌が、点眼でも当てはまるんですね。抗菌薬の点眼は、感染の所見がないので不要ということで。
ドクタードクター
そうだね。遠用眼鏡も、遠方はほぼ正視で視力も良好だから意味がないし、遠くの矯正では近くの調節不足は解決しない。訴えは近くが見づらいことなので、近用眼鏡が答えになる。
医学生医学生
近用眼鏡の度数はどうやって決めるんですか。
ドクタードクター
作業距離と残っている調節力から決める。調節幅をめいっぱい使うとまた疲れるので、半分くらいは余力として残すように設定するのがコツだ。53歳なら+1.5〜+2.0 D前後の加入が目安になる。用途に応じて、遠近両用や中近両用の累進屈折力レンズ、遠近両用コンタクトレンズという選択肢もある。それから、遠視の人は老視を早く自覚し、近視の人は眼鏡を外せば近くが見えるので遅く自覚する、という違いも臨床ではよく話題になるよ。
医学生医学生
眼精疲労を診るときは、まず緑内障などの器質的疾患を除外して、それから屈折・調節・眼位を評価する、という順番ですね。
ドクタードクター
その通り。今回はそれに加えて、ステロイドを使っている人の眼圧は今後もフォローする、喘息の人にβ遮断薬点眼は出さない、という安全面の視点も持っておこう。

まとめ

中高年で近くが見づらく夕方に悪化する眼精疲労があり、器質的異常がなく調節幅が低下していれば、老視(および調節性眼精疲労)を考えます。近点(m)=1/調節幅(D)の関係から、調節幅2.0 Dでは近点が50 cmとなり、30〜40 cmの読書距離に調節力が足りないことが分かります。対応は近用眼鏡(凸レンズ)で不足分を補うことで、散瞳・調節麻痺作用をもつトロピカミドは逆効果、β遮断薬点眼は全身吸収によりβ2遮断で気管支を収縮させるため気管支喘息患者には禁忌です。眼圧が境界域でも視神経乳頭と視野が正常なら緑内障とは診断せず、ステロイド使用例では眼圧の経過観察を続けます。目立つ情報に引きずられず、器質的疾患の除外から屈折・調節の評価へと順に進める姿勢は、眼精疲労の診療全般に通じる基本です。

解答・解説

正解はeです

※この問題は、厚生労働省の発表により採点対象から除外されています。

所見の整理

・53歳、事務職。3年前から夕方に眼がかすみ、最近は書類(近くの文字)が見づらく、眼の痛み・圧迫感を自覚している。 ・遠方視力は両眼とも良好で、屈折は右が−0.25 Dとごく軽い近視、左は矯正不要であり、両眼ともほぼ正視である。 ・眼位・眼球運動は正常で、斜位や輻湊の異常を示唆する所見はない。 ・眼圧は両眼22 mmHgで、統計的な正常範囲(おおむね10〜21 mmHg)の上限をわずかに超える程度である。 ・細隙灯顕微鏡検査で前眼部・中間透光体(水晶体・硝子体)・眼底に異常はなく、静的量的視野検査(ハンフリー視野計など)でも異常はない。 ・SchirmerテストⅠ法(点眼麻酔なしで濾紙を下眼瞼に5分間挟み、濡れた長さを測る検査)は両眼10 mmで、ドライアイの目安である5 mm以下には該当しない。 ・調節幅(近くにピントを合わせる能力の大きさ)は両眼2.0 Dに低下している。

診断へのプロセス

近見作業で目立つかすみ・眼痛・圧迫感は眼精疲労の典型的な訴えであり、その原因を探す問題である。 ①緑内障:ステロイド吸入薬の使用歴と眼圧22 mmHgから、ステロイド緑内障を含む緑内障が気になる。しかし眼底に視神経乳頭陥凹の拡大などの異常がなく、視野も正常であるため、緑内障性視神経症は否定的である。眼圧がわずかに高いだけの状態(高眼圧症の疑い)であり、今回の症状の原因とは考えにくい。ただし経過観察は必要である。 ②ドライアイ:Schirmer値が正常で前眼部にも異常がないため、否定的である。 ③感染症・炎症:前眼部所見が正常であり否定される。 ④屈折異常:遠方はほぼ正視であり、未矯正の遠視や乱視が眼精疲労の原因とはいえない。 ⑤老視:調節幅2.0 Dは、近点(ピントが合う最も近い距離)が1/2.0=0.5 m、すなわち50 cmより手前には合わないことを意味する。書類を読む30〜40 cm付近では調節力が足りず、無理に調節し続けることで眼精疲労が起こる。夕方に悪化するのも、1日の近見作業による調節疲労が蓄積するためと説明できる。 以上より、「老視(およびそれによる調節性眼精疲労)」と診断する。

設問の考え方

老視は水晶体の弾性低下による加齢性の調節力低下であり、薬物で治すものではなく、不足した調節力を凸レンズで補う(近用眼鏡)のが基本的な対応である。緑内障を疑ってβ遮断薬点眼を選ぶと、気管支喘息患者に禁忌の薬剤を使うことになる点にも注意が必要である。

採点除外について

本問は採点対象から除外された。問題としては成立しているものの、ステロイド使用歴や境界域の眼圧といった緑内障を連想させる情報が含まれ、調節幅の数値から老視と判断するには受験生の水準として難度が高すぎると判断されたためと考えられる。

選択肢考察

  1. ×a.  抗菌薬点眼

    抗菌薬点眼は細菌性結膜炎・角膜炎などの感染症に用いる。本例は細隙灯顕微鏡検査で前眼部に充血・眼脂・角膜病変などの異常がなく、感染を示す所見はない。症状の原因は調節力低下であり、抗菌薬を使う根拠はない。

  2. ×b.  β遮断薬点眼

    チモロールなどのβ遮断薬点眼は房水産生を抑えて眼圧を下げる緑内障治療薬である。本例は眼圧が22 mmHgと境界域にあるが、視神経乳頭と視野に異常がなく緑内障とは診断できず、症状も老視で説明できるため眼圧下降治療は不要である。さらに、点眼薬でも鼻涙管から吸収されて全身に作用し、β2受容体遮断による気管支収縮を起こしうるため、気管支喘息患者には禁忌である。本例に処方すれば喘息発作を誘発しうる、避けるべき選択肢である。

  3. ×c.  トロピカミド点眼

    トロピカミドは抗コリン作用をもつ短時間作用型の散瞳薬で、毛様体筋も弛緩させる(調節麻痺作用)。眼底検査のための散瞳や、学童の調節緊張(いわゆる仮性近視)に用いられることがある。しかし本例の問題は調節力の不足であり、調節をさらに抑える薬剤を用いれば近見はかえって見づらくなる。また散瞳により隅角が狭い眼では急性閉塞隅角発作を誘発するおそれもある。治療として不適切である。

  4. ×d.  遠用眼鏡処方

    遠方の屈折は右−0.25 D、左は矯正不要とほぼ正視であり、裸眼視力も右1.0・左1.2と良好である。遠用眼鏡をかけても遠方視はほとんど改善せず、また遠用の矯正では近見時の調節不足は解消されない。本例の訴えは近くが見づらいことであり、遠用眼鏡は適切な対応ではない。

  5. ○e.  近用眼鏡処方

    調節幅が2.0 Dしかなく近点が約50 cmまで遠ざかっているため、30〜40 cmの書類を見るには調節力が不足している。これが近見困難と眼精疲労の原因であり、老視と診断できる。近用眼鏡(凸レンズ、いわゆる老眼鏡)で不足分を補えば、無理な調節が不要になり症状は改善する。加入度数は作業距離と残っている調節力から決め、快適に見るには調節幅の半分程度を余力として残すように設定する。53歳ではおおむね+1.5〜+2.0 D前後の加入が目安となる。

老視(presbyopia)

・加齢に伴い水晶体が硬くなり弾性が低下することで、毛様体筋が収縮しても水晶体が十分に膨らまず、調節力(調節幅)が減少する状態である。屈折異常ではなく、生理的な加齢変化である。 ・調節幅はおおむね10歳代で10 D以上、40歳前後で4〜5 D、50歳前後で2〜3 D、60歳代では1 D前後まで低下し、最終的にはほぼ0になる。 ・近点距離(m)=1/調節幅(D)(正視眼の場合)。調節幅が3 D未満になると、読書距離(約33 cm=3 D)を維持できなくなり、自覚症状が出やすくなる。 ・症状:近くの文字が見づらい、手元を離して見る、夕方や暗所で見えにくい、眼精疲労(眼痛・頭痛・肩こり)など。 ・屈折状態で自覚時期が変わる:遠視眼は早く、近視眼は遅く(または眼鏡を外せば近くが見える)自覚する。 ・対応:近用眼鏡(単焦点)、遠近両用・中近両用の累進屈折力レンズ、遠近両用コンタクトレンズなど。

眼精疲労の主な原因

・眼の要因:未矯正の屈折異常(特に遠視・乱視)、老視、斜位・輻湊不全、ドライアイ、緑内障、白内障など ・全身・環境要因:VDT(ディスプレイ)作業、睡眠不足、全身疾患、精神的要因など 眼精疲労をみたときは、まず器質的疾患(緑内障など)を除外し、屈折・調節・眼位を評価する。

ステロイドと眼圧

・副腎皮質ステロイドは線維柱帯からの房水流出を妨げ、眼圧上昇(ステロイド緑内障)を起こしうる。点眼で最も起こりやすく、内服・注射でも生じる。吸入薬や点鼻薬でのリスクは低いが、長期・高用量では報告がある。 ・眼圧は正常でも緑内障(正常眼圧緑内障)となりうるし、眼圧がやや高くても視神経・視野に異常がなければ緑内障ではない(高眼圧症)。診断の決め手は視神経乳頭の変化と、それに対応した視野障害である。

β遮断薬点眼の注意点

・禁忌:気管支喘息・気管支痙攣の既往、重篤な慢性閉塞性肺疾患、コントロール不十分な心不全、洞性徐脈、Ⅱ・Ⅲ度房室ブロックなど。 ・点眼後に涙嚢部を圧迫したり閉瞼したりすると全身への移行を減らせる。

POINT

・近くが見づらい+眼精疲労の中高年で、器質的異常がなく調節幅が低下していれば老視を考える。 ・調節幅と近点の関係:近点(m)=1/調節幅(D)。2.0 Dなら近点は50 cm。 ・老視の対応は近用眼鏡(凸レンズ)による調節力の補助である。 ・眼圧が境界域でも、視神経乳頭と視野が正常なら緑内障とは診断しない(ステロイド使用例は眼圧の経過観察を行う)。 ・β遮断薬点眼は全身に吸収されるため、気管支喘息患者には禁忌である。 ・トロピカミドは散瞳・調節麻痺作用をもち、老視の治療にはならない。

※問題・正答は厚生労働省の公開資料をもとに掲載しています。