StudyMed医師国家試験

「温める」は標準ではない―乳癌治療の5本柱と集学的治療の考え方

第104回医師国家試験 A問題 第3問

国試問題にチャレンジ

第104回 A問題 第3問

乳癌に対する標準治療でないのはどれか。

  1. a.手術
  2. b.温熱療法
  3. c.放射線治療
  4. d.抗癌化学療法
  5. e.ホルモン療法

対話形式の解説

ドクタードクター
今回は、乳癌の「標準治療」とは何かを問う問題だ。標準治療というのは、大規模な臨床試験で生存期間の延長や再発の減少が証明され、診療ガイドラインで推奨されている治療のこと。乳癌の治療を「局所療法」と「全身療法」に分けて整理すると、答えが見えてくるよ。
医学生医学生
選択肢を見ると、どれも癌治療っぽく聞こえて迷いますね。腫瘍学の講義で「三大療法は手術・放射線・化学療法」と習いましたが。
ドクタードクター
その3つは確かに柱だね。乳癌ではそこにホルモン療法と、抗HER2薬などの分子標的治療が加わる。手術と放射線治療は病変そのものに働く局所療法、化学療法やホルモン療法は全身に散らばっているかもしれない微小な癌細胞を叩く全身療法だ。乳癌はこれらを組み合わせる集学的治療が基本なんだ。
医学生医学生
そうなると、残る温熱療法が標準治療ではない、ということでしょうか。
ドクタードクター
正解。温熱療法は腫瘍を42〜43℃程度に加温して、癌細胞が熱に弱い性質を利用したり、放射線や抗癌薬の効果を高めたりすることを狙った治療だ。ただ乳癌に対しては、生存率や再発率を改善するという十分なエビデンスがない。だから標準治療には含まれないんだ。
医学生医学生
熱で焼くという意味では、肝癌のラジオ波焼灼療法と似ていますか。
ドクタードクター
いい連想だね。ラジオ波焼灼療法も小さな乳癌に研究的に試みられてきたけれど、標準的な手術に代わる治療として一般に確立してはいない。では残りの4つを順に確認しよう。まず手術。遠隔転移のない病期では治療の中心になる。術式は乳房を残す乳房部分切除術と、乳房全体を切除する乳房全切除術がある。
医学生医学生
乳腺外科を回ったとき、センチネルリンパ節生検を見学しました。術中に転移の有無を調べていました。
ドクタードクター
いい経験をしたね。センチネルリンパ節は、癌細胞が最初に流れ着くリンパ節のこと。臨床的に腋窩リンパ節転移がなければまずそこを調べて、転移の有無で腋窩郭清が必要かを判断する。郭清を省略できれば、リンパ浮腫などの合併症を減らせるんだ。
医学生医学生
放射線治療は、乳房温存手術のあとに当てるものですよね。
ドクタードクター
そう。「乳房温存療法」は部分切除と術後の残存乳房への照射をひとまとまりとして指す言葉で、照射によって乳房内再発が大きく減る。腋窩リンパ節転移が多い場合などは、全切除術後にも胸壁や領域リンパ節に照射することがある。骨転移の痛みや脳転移の治療など、症状緩和にも使われるよ。
医学生医学生
化学療法はアントラサイクリン系とタキサン系が代表だと、薬理学で習いました。
ドクタードクター
その通り。手術前に腫瘍を小さくする術前化学療法、術後の再発予防のための術後補助化学療法、転移・再発乳癌の治療と、幅広く使われる。特にホルモン受容体陰性のタイプでは化学療法の役割が大きい。
医学生医学生
ホルモン療法は、閉経前と閉経後で薬が違うんでしたっけ。ここはいつも混乱します。
ドクタードクター
エストロゲンがどこで作られているかを考えると整理できるよ。乳癌の約7割はエストロゲン受容体陽性で、エストロゲンの刺激で増える。閉経前は卵巣が主な産生源だから、受容体に拮抗するタモキシフェンを中心に、必要に応じて卵巣機能を抑えるLH-RHアゴニストを併用する。閉経後は脂肪組織などで男性ホルモンからエストロゲンが作られるので、その反応を担う酵素を阻害するアロマターゼ阻害薬が主役になる。
医学生医学生
なるほど、閉経後の主な産生源は卵巣ではないから、アロマターゼを止めるわけですね。術後は何年くらい飲むんですか。
ドクタードクター
術後補助療法としては5〜10年程度の長期内服が行われる。ここで発展知識として、サブタイプの話をしておこう。乳癌はホルモン受容体、HER2、増殖能の指標であるKi-67によって性質が大きく変わる。ホルモン受容体陽性で増殖能が低いルミナルA型はホルモン療法が中心、HER2陽性型は化学療法にトラスツズマブなどの抗HER2薬を組み合わせる。
医学生医学生
病理実習で、免疫染色でERやHER2を判定するのを見ました。トリプルネガティブだと、どうなるんですか。
ドクタードクター
ER・PgR・HER2のすべてが陰性なので、ホルモン療法も抗HER2薬も効果が期待できない。化学療法が中心で、症例によっては免疫チェックポイント阻害薬を併用する。つまり乳癌の治療は、病期とサブタイプという2つの軸で選ぶものなんだ。臨床では、標準治療ではない治療を希望して受診する患者さんもいる。そういうときこそ、エビデンスのある治療とは何かを丁寧に説明できることが大切だよ。

まとめ

乳癌の標準治療は、局所療法である手術・放射線治療と、全身療法である抗癌化学療法・ホルモン療法・分子標的治療(抗HER2薬など)を組み合わせた集学的治療であり、温熱療法は乳癌に対する有効性が十分に確立しておらず標準治療には含まれません。手術ではセンチネルリンパ節生検で腋窩郭清の要否を判断し、乳房部分切除術後には残存乳房への放射線照射を行うことで乳房内再発を減らします。ホルモン受容体陽性例では、閉経前はタモキシフェン(±LH-RHアゴニスト)、閉経後はアロマターゼ阻害薬を用い、HER2陽性例ではトラスツズマブなどの抗HER2療法を加えます。治療はホルモン受容体・HER2・Ki-67によるサブタイプと病期に応じて選択されます。「標準治療とはエビデンスに裏づけられた治療である」という視点は、乳癌に限らず患者への説明や治療選択の基盤になります。

解答・解説

正解はbです

乳癌の治療は、病変のある部位に直接はたらく「局所療法」と、全身に散らばっている可能性のある微小な癌細胞を標的とする「全身療法」を組み合わせて行う集学的治療が基本である。 【局所療法】手術、放射線治療 【全身療法(薬物療法)】抗癌化学療法(殺細胞性抗癌薬)、ホルモン療法(内分泌療法)、分子標的治療(抗HER2薬など)、近年では免疫チェックポイント阻害薬 これらは大規模な臨床試験で生存期間の延長や再発の減少が証明され、診療ガイドラインで推奨されている「標準治療」である。一方、温熱療法(ハイパーサーミア)は、癌細胞が正常細胞より熱に弱いことを利用して腫瘍を加温する治療であり、放射線や化学療法の効果を高める目的で用いられることはあるが、乳癌に対して有効性が十分に確立された治療ではない。したがって標準治療に含まれないのは温熱療法である。 乳癌は、ホルモン受容体(エストロゲン受容体・プロゲステロン受容体)やHER2(ヒト上皮成長因子受容体2型)の発現によって性質が大きく異なるため、腫瘍の生物学的特徴(サブタイプ)と病期に応じて上記の治療を使い分ける点が特徴である。

選択肢考察

  1. ×a.  手術

    手術は乳癌治療の中心となる局所療法であり、標準治療である。遠隔転移のない病期(おおむねStage 0〜ⅢA)では手術が治療の柱となる。術式には、乳房を残して腫瘍とその周囲だけを切除する乳房部分切除術(乳房温存手術)と、乳房全体を切除する乳房全切除術がある。腫瘍が比較的小さい場合には乳房温存手術が選ばれることが多い。腋窩リンパ節については、臨床的にリンパ節転移がなければまずセンチネルリンパ節生検(癌細胞が最初に流れ着くリンパ節だけを調べる検査)を行い、転移の有無で腋窩郭清の要否を判断する。

  2. ○b.  温熱療法

    温熱療法は、腫瘍を42〜43℃程度に加温して癌細胞を傷害する、あるいは放射線・抗癌薬の効果を増強することを狙った治療である。しかし乳癌に対しては、生存率や再発率の改善を示す十分なエビデンスがなく、標準治療とはされていない。熱で腫瘍を焼灼するラジオ波焼灼療法(RFA)も小さな乳癌に対して研究的に試みられてきたが、標準的な手術の代わりとして一般に確立した治療には至っていない。したがって「標準治療でない」ものとしてこれが正解である。

  3. ×c.  放射線治療

    放射線治療は乳癌の標準的な局所療法である。代表的な適応は、乳房温存手術後の残存乳房への照射であり、これによって乳房内再発が大きく減少する。乳房温存療法とは「乳房部分切除術+術後放射線照射」をひとまとまりとした治療を指す。また、腋窩リンパ節転移が多い場合などには乳房全切除術後にも胸壁や領域リンパ節への照射(乳房切除後放射線療法:PMRT)が行われる。さらに骨転移の疼痛緩和や脳転移の治療など、進行・再発例の症状緩和にも用いられる。

  4. ×d.  抗癌化学療法

    抗癌化学療法は乳癌の標準的な全身療法である。アントラサイクリン系(ドキソルビシン、エピルビシンなど)やタキサン系(パクリタキセル、ドセタキセル)などが代表的な薬剤である。手術前に腫瘍を縮小させる術前化学療法、術後の再発予防を目的とする術後補助化学療法、そして肺・肝・骨などへ転移した進行・再発乳癌に対する治療として用いられる。特にホルモン受容体陰性の乳癌(HER2陽性型やトリプルネガティブ型)では化学療法の役割が大きい。

  5. ×e.  ホルモン療法

    乳癌の多く(約7割)はエストロゲン受容体陽性であり、エストロゲンの刺激で増殖する。このような乳癌に対してはエストロゲンのはたらきを抑えるホルモン療法(内分泌療法)が標準治療である。閉経前では、エストロゲン受容体に拮抗する抗エストロゲン薬(タモキシフェン)が中心で、必要に応じてLH-RHアゴニスト(卵巣からのエストロゲン産生を抑える薬)を併用する。閉経後は、脂肪組織などで男性ホルモンからエストロゲンが作られる反応を阻害するアロマターゼ阻害薬(アナストロゾール、レトロゾール、エキセメスタン)が主に用いられる。術後補助療法として5〜10年程度の長期内服が行われるほか、転移・再発乳癌の治療にも用いられる。

乳癌のサブタイプと薬物療法の選択

乳癌は免疫組織化学検査などで判定されるホルモン受容体(ER、PgR)、HER2、増殖能の指標であるKi-67により、おおまかに次のように分類され、薬物療法の選択に直結する。 ・ルミナルA型(ホルモン受容体陽性・HER2陰性・増殖能低い): ホルモン療法が中心 ・ルミナルB型(ホルモン受容体陽性で増殖能高い、あるいはHER2陽性): ホルモン療法+必要に応じて化学療法・抗HER2療法 ・HER2陽性型(ホルモン受容体陰性・HER2陽性): 化学療法+抗HER2薬(トラスツズマブ、ペルツズマブなど) ・トリプルネガティブ型(ER・PgR・HER2すべて陰性): 化学療法が中心(症例によって免疫チェックポイント阻害薬を併用)

癌治療全体の分類

・局所療法: 手術、放射線治療、焼灼療法、温熱療法など ・全身療法: 化学療法、ホルモン療法、分子標的治療、免疫療法 ホルモン療法が標準治療として確立しているのは、乳癌、前立腺癌、子宮体癌の一部など、ホルモン依存性の癌である。

臓器ごとの特徴を整理する意義

同じ「癌」でも、組織型(腺癌か扁平上皮癌かなど)や臓器によって放射線や抗癌薬への反応性、使用される薬剤が大きく異なる。たとえば扁平上皮癌が多い食道癌では化学放射線療法が重要な位置を占める一方、腺癌である胃癌・大腸癌では手術と化学療法が中心となる。臓器別に、頻度、症状、診断法、標準治療、予後を整理しておくことが重要である。

POINT

・乳癌の標準治療: 手術、放射線治療、化学療法、ホルモン療法、分子標的治療(抗HER2薬など) ・温熱療法は乳癌の標準治療ではない ・乳房温存療法=乳房部分切除術+術後の残存乳房への放射線照射 ・ホルモン受容体陽性ならホルモン療法(閉経前はタモキシフェン±LH-RHアゴニスト、閉経後はアロマターゼ阻害薬) ・HER2陽性ならトラスツズマブなどの抗HER2療法

※問題・正答は厚生労働省の公開資料をもとに掲載しています。