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ブドウ糖の前にビタミンB1―Wernicke脳症とビタミンB群の地図

第103回医師国家試験 I問題 第17問

国試問題にチャレンジ

第103回 I問題 第17問

Wernicke脳症と関連があるのはどれか。

  1. a.ビタミンB1
  2. b.ビタミンB2
  3. c.ビタミンB3〈ナイアシン〉
  4. d.ビタミンB6
  5. e.ビタミンB12

対話形式の解説

ドクタードクター
今回は、Wernicke脳症の原因となるビタミンを問う知識問題だ。ただ丸暗記するより、ビタミンB群それぞれの働きと欠乏症をセットで整理しておくと、他の問題にも応用が利く。まず、Wernicke脳症ってどんな病気か覚えているかな。
医学生医学生
意識障害、眼球運動障害、運動失調の三徴でしたよね。アルコール多飲の人に多いイメージです。
ドクタードクター
その通り。ただ実際には三徴がそろうのは一部の患者だけなので、疑ったら早めに治療を始めることが大切なんだ。では、原因のビタミンは何だと思う?
医学生医学生
B1、チアミンですね。でも精神症状ならナイアシン欠乏のペラグラもあるので、少し迷いました。
ドクタードクター
迷うポイントをよく押さえているね。正解はビタミンB1だ。チアミンは活性型のチアミン二リン酸として、ピルビン酸脱水素酵素、α-ケトグルタル酸脱水素酵素、トランスケトラーゼの補酵素として働く。つまり糖からエネルギーをつくる要の部分を担っているんだ。
医学生医学生
生化学の講義でやったクエン酸回路の入り口と途中ですね。そこが止まると困るのは……糖を主な燃料にしている脳、ということですか。
ドクタードクター
そのとおり。とくに第三脳室や中脳水道の周囲、乳頭体、視床内側部が障害されやすい。眼球運動の神経核が中脳水道周囲にあるから眼球運動障害が出る、と結びつけると覚えやすいよ。慢性化すると記銘力障害や作話を特徴とするKorsakoff症候群に移行する。
医学生医学生
B1欠乏といえば脚気もありましたね。末梢神経障害と心不全でした。
ドクタードクター
そう、高拍出性心不全をきたす脚気もB1欠乏だ。では他のビタミンも確認しよう。ペラグラはナイアシン欠乏で、皮膚炎・下痢・認知症の「3D」が主徴。精神症状はあるけれど、眼球運動障害や失調が前面に出るWernicke脳症とは別物だ。
医学生医学生
カルチノイド症候群でトリプトファンがセロトニンに使われて、ナイアシンが足りなくなるという話がCBTの問題集に出てきました。
ドクタードクター
よく覚えているね。ビタミンB2、リボフラビンはFADやFMNとして酸化還元に関わり、欠乏すると口角炎や舌炎、脂漏性皮膚炎といった皮膚粘膜症状が中心になる。ビタミンB6はアミノ酸代謝に関わり、欠乏で末梢神経障害やけいれん、鉄芽球性貧血がみられる。
医学生医学生
B6は結核の治療でイソニアジドを使うときに一緒に補充するんでしたよね。呼吸器内科の実習で処方を見ました。
ドクタードクター
その通り。最後にビタミンB12。欠乏すると巨赤芽球性貧血と、脊髄の後索・側索が障害される亜急性連合性脊髄変性症を起こす。胃切除後や萎縮性胃炎が原因になる。神経症状は出るけれど、病変の場所が脊髄中心でWernicke脳症とは違う。
医学生医学生
B1は脳のエネルギー、B12は脊髄と血液、と分けると覚えやすいですね。
ドクタードクター
いい整理だね。最後に臨床で絶対に押さえてほしい注意点がある。B1が不足した状態でブドウ糖だけを点滴すると、糖代謝でチアミンがさらに消費されて脳症が誘発されたり悪化したりしうる。
医学生医学生
救急で低血糖っぽい酩酊患者さんが来たら、まずブドウ糖を入れたくなります……。
ドクタードクター
その気持ちはわかる。だから低血糖の治療はためらわずに、ただしリスクがありそうな人ではブドウ糖の前か同時にビタミンB1を静注する、と覚えよう。アルコール多飲だけでなく、妊娠悪阻のような長引く嘔吐、胃切除後や肥満外科手術後、神経性やせ症、B1を含まない長期の高カロリー輸液もリスクになる。
医学生医学生
MRIでは何か見えるんでしょうか。
ドクタードクター
FLAIRやT2強調像で、第三脳室周囲、視床内側、中脳水道周囲、乳頭体に左右対称の高信号がみられることがある。ただ画像を待って治療を遅らせてはいけない。早く治療すれば眼球運動障害は比較的速やかに改善するけれど、遅れると健忘などの後遺症が残りやすいからね。

まとめ

Wernicke脳症はビタミンB1(チアミン)欠乏による急性脳症で、意識障害・眼球運動障害・運動失調が古典的三徴ですが、三徴がそろわない例も多いため疑った段階で治療を始めます。チアミンは糖代謝の鍵となる酵素群の補酵素であり、欠乏すると乳頭体や中脳水道周囲などが障害され、慢性化すると記銘力障害・作話を特徴とするKorsakoff症候群に移行します。B2欠乏は口角炎・舌炎、ナイアシン欠乏はペラグラ、B6欠乏はけいれん・末梢神経障害、B12欠乏は巨赤芽球性貧血・亜急性連合性脊髄変性症と、各ビタミンの欠乏症を対応づけて整理しておくことが大切です。アルコール多飲、妊娠悪阻、胃切除後などのリスクがある患者では、ブドウ糖投与の前か同時にビタミンB1を補充することが、救急・病棟診療で後遺症を防ぐ重要な実践知識となります。

解答・解説

正解はaです

Wernicke(ウェルニッケ)脳症は、ビタミンB1(チアミン)の欠乏によって起こる急性の脳症である。古典的三徴は、①意識障害・精神症状(注意力低下、見当識障害、傾眠など)、②眼球運動障害(外眼筋麻痺、眼振)、③小脳性の運動失調(とくに体幹・歩行の失調)であるが、三徴がそろうのは一部の患者に限られるため、疑わしければ早期に治療を始めることが重要である。 チアミンは活性型のチアミン二リン酸(TPP)として、ピルビン酸脱水素酵素、α-ケトグルタル酸脱水素酵素、トランスケトラーゼの補酵素として働き、糖代謝からのエネルギー産生を支えている。エネルギー需要が高く糖を主な燃料とする脳は欠乏の影響を受けやすく、とくに第三脳室・中脳水道周囲の灰白質、乳頭体、視床内側部などが障害される。 本問は、各ビタミンB群と代表的な欠乏症を正しく対応づけられるかを問うている。「脳症」「眼球運動障害」「失調」「アルコール多飲」といったキーワードからビタミンB1を想起できればよい。

選択肢考察

  1. ○a.  ビタミンB1

    ビタミンB1(チアミン)欠乏はWernicke脳症の原因である。チアミンは糖代謝の鍵となる酵素群の補酵素であり、不足すると脳のエネルギー産生が低下して、乳頭体や中脳水道周囲などに病変が生じる。慢性化すると記銘力障害・作話・見当識障害を特徴とするKorsakoff(コルサコフ)症候群に移行し、両者を合わせてWernicke-Korsakoff症候群とよぶ。ビタミンB1欠乏は末梢神経障害や心不全(高拍出性)をきたす脚気の原因でもある。

  2. ×b.  ビタミンB2

    ビタミンB2(リボフラビン)はFAD・FMNとして酸化還元反応に関わる。欠乏すると口角炎、口唇炎、舌炎、脂漏性皮膚炎、角膜の血管新生などの皮膚粘膜症状が中心となり、Wernicke脳症とは関連しない。

  3. ×c.  ビタミンB3〈ナイアシン〉

    ナイアシン(ニコチン酸・ニコチンアミド)はNAD・NADPの構成成分である。欠乏症はペラグラで、皮膚炎(日光露光部の皮疹)、下痢、認知症(精神症状)の「3D」を主徴とし、放置すれば死(Death)に至る。精神症状を伴うが、眼球運動障害や失調を主徴とするWernicke脳症とは別の病態である。アルコール依存症やカルチノイド症候群(トリプトファンがセロトニン合成に消費される)、イソニアジド投与などが原因となる。

  4. ×d.  ビタミンB6

    ビタミンB6(ピリドキシン)はピリドキサールリン酸としてアミノ酸代謝などに関わる。欠乏では口角炎・舌炎・脂漏性皮膚炎、末梢神経障害、けいれん(GABA合成低下による)、鉄芽球性貧血などがみられる。結核治療薬イソニアジドの服用時に欠乏しやすく、予防的に補充される。Wernicke脳症とは関連しない。

  5. ×e.  ビタミンB12

    ビタミンB12(コバラミン)欠乏では、DNA合成障害による巨赤芽球性貧血(自己免疫性の内因子欠乏によるものが悪性貧血)と、脊髄後索・側索が障害される亜急性連合性脊髄変性症(深部感覚障害や痙性麻痺)、末梢神経障害、認知機能低下などを生じる。胃切除後や萎縮性胃炎が原因となる。精神神経症状はきたしうるが、Wernicke脳症の原因ではない。

Wernicke脳症の背景と診療

・原因: アルコール多飲(摂取不足と吸収障害)が代表的であるが、妊娠悪阻などの長引く嘔吐、胃切除後・肥満外科手術後、神経性やせ症、悪性腫瘍、長期の高カロリー輸液(ビタミンB1無添加)などでも起こる。 ・注意点: ビタミンB1が不足した状態でブドウ糖を投与すると、糖代謝でチアミンがさらに消費されて脳症が誘発・増悪しうる。このため、疑わしい患者ではブドウ糖投与の前か同時にビタミンB1を静注する。 ・画像: MRI(FLAIR・T2強調像)で第三脳室周囲、視床内側、中脳水道周囲、乳頭体に対称性の高信号をみることがある。 ・予後: 早期治療で眼球運動障害は比較的速やかに改善するが、治療が遅れると健忘などの後遺症(Korsakoff症候群)が残りやすい。

水溶性ビタミンと主な欠乏症

・B1(チアミン): 脚気、Wernicke脳症、Korsakoff症候群 ・B2(リボフラビン): 口角炎、口唇炎、舌炎、脂漏性皮膚炎 ・B3(ナイアシン): ペラグラ(皮膚炎・下痢・認知症) ・B6(ピリドキシン): 皮膚炎、末梢神経障害、けいれん、鉄芽球性貧血 ・B12(コバラミン): 巨赤芽球性貧血(悪性貧血)、亜急性連合性脊髄変性症 ・葉酸: 巨赤芽球性貧血、胎児の神経管閉鎖障害 ・C(アスコルビン酸): 壊血病(歯肉出血、皮下出血)

POINT

・Wernicke脳症はビタミンB1(チアミン)欠乏による。 ・三徴は意識障害(精神症状)、眼球運動障害、運動失調。 ・慢性化するとKorsakoff症候群(記銘力障害・作話)に移行する。 ・アルコール多飲者、妊娠悪阻、胃切除後などがリスク。 ・ブドウ糖投与より先にビタミンB1を補充する。 ・B2は口角炎・舌炎、ナイアシンはペラグラ、B6はけいれん・末梢神経障害、B12は悪性貧血・亜急性連合性脊髄変性症。

※問題・正答は厚生労働省の公開資料をもとに掲載しています。