黒いタール便は「上」からのサイン―輸液のあとに選ぶ、診断と止血を兼ねる一手
第103回医師国家試験 H問題 第29問
国試問題にチャレンジ
46歳の男性。黒色便と倦怠感とを主訴に来院した。3日前に腹部不快感が出現しタール状の黒色便を排泄した。昨夜も黒色便を排泄し倦怠感も出現した。意識は清明。体温36.7℃。脈拍108/分,整。血圧90/70mmHg。眼瞼結膜に貧血を認める。腹部は平坦,軟。血液検体を採取後,静脈路を確保し輸液を開始した。 まず行うのはどれか。
- a.腹部超音波検査
- b.小腸造影
- c.腹部単純CT
- d.上部消化管内視鏡検査
- e.下部消化管内視鏡検査
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
タール便は、ヘモグロビンが胃酸などで黒く変化して生じるため、主にトライツ靱帯より口側の上部消化管出血を示し、原因として最も多いのは胃・十二指腸潰瘍です。頻脈や血圧低下があればショック指数で出血量を見積もり、まず静脈路確保・輸液・輸血で循環を安定させます。そのうえで早期に行うべきは、出血源の同定と内視鏡的止血を同時に行える上部消化管内視鏡検査です。腹部超音波や単純CTでは出血源の特定も止血もできず、小腸の検索や造影CTは内視鏡で出血源が不明な場合に検討します。大量の上部消化管出血では赤い血便となることもあるため、便の色と循環動態をあわせて判断する視点は、救急外来での消化管出血対応の基本となります。
解答・解説
正解はdです
所見の整理
・46歳の男性 ・3日前に腹部不快感とともにタール状の黒色便(タール便、メレナ)、昨夜も黒色便を繰り返し、倦怠感が出現 ・脈拍108/分の頻脈、血圧90/70mmHgと低め(脈圧が20mmHgと狭い) ・眼瞼結膜に貧血あり ・腹部は平坦・軟で、腹膜刺激症状はない ・吐血の記載はない
診断へのプロセス
タール便は、血液中のヘモグロビンが胃酸や腸内細菌の作用で黒色の物質(ヘマチンなど)に変化し、腸管内に長くとどまることで生じる。このため出血源は主にトライツ靱帯より口側の上部消化管(食道・胃・十二指腸)である。46歳男性で腹部不快感を伴っていることから、最も頻度が高い胃潰瘍・十二指腸潰瘍をまず考え、ほかに胃癌、急性胃粘膜病変(AGML)、マロリー・ワイス症候群、食道・胃静脈瘤などを鑑別に挙げる。 循環動態をみると、ショック指数(脈拍数÷収縮期血圧)は108÷90=1.2と1.0を超えており、すでに相当量(成人でおよそ1L以上)の出血があると推定される。眼瞼結膜の貧血もこれを裏付ける。したがって、まず静脈路確保と輸液(必要に応じて輸血)で循環を安定させるのが最優先であり、本例ではすでにそれが行われている。
設問の考え方
初期輸液を始めた次のステップは、出血源を特定し、同時に止血まで行える検査を選ぶことである。上部消化管出血が疑われる場合、それが可能なのは上部消化管内視鏡検査であり、循環動態を安定させたうえで、なるべく早期(おおむね24時間以内)に行う。
選択肢考察
- ×a. 腹部超音波検査
腹部超音波検査は非侵襲的で肝硬変・脾腫・腹水など門脈圧亢進症を示唆する所見の評価には役立つが、消化管内腔は腸管ガスの影響で観察しにくく、潰瘍などの出血源を同定することはできない。止血処置もできないため、まず行う検査ではない。
- ×b. 小腸造影
小腸出血でも黒色便をきたすことはあるが、頻度は上部消化管出血よりはるかに低い。小腸の検索は、上部・下部消化管内視鏡で出血源が見つからない場合に検討するもので、その際もカプセル内視鏡やバルーン内視鏡(ダブルバルーン小腸内視鏡など)、造影CTが優先される。活動性出血が疑われる時期のバリウム造影は、出血源の同定に向かず、後に行う内視鏡の妨げにもなるため適切でない。
- ×c. 腹部単純CT
単純CTでは消化管内の出血部位を特定することは難しく、止血もできない。なお、内視鏡で出血源が不明な場合や内視鏡を行えない場合には、造影剤の血管外漏出をとらえられる造影CT(ダイナミックCT)が出血部位の推定に有用であり、単純CTとは区別して覚えておく。
- ○d. 上部消化管内視鏡検査
タール便と貧血、頻脈・血圧低下から上部消化管出血が最も疑われる。上部消化管内視鏡検査は食道・胃・十二指腸を直接観察して出血源を特定できるだけでなく、露出血管のある潰瘍などに対してクリップ法、熱凝固法、局注法(高張ナトリウムエピネフリン液など)、静脈瘤では内視鏡的静脈瘤結紮術(EVL)や硬化療法(EIS)といった止血処置をその場で行える。初期輸液で循環動態を安定させたうえで、まず行うべき検査である。
- ×e. 下部消化管内視鏡検査
下部消化管内視鏡検査は大腸からの出血(血便・鮮血便)に対して行う検査である。大腸からの出血は通常、赤色〜暗赤色の血便となり、右側結腸からの出血でまれに黒っぽい便になることはあるが、本例のように典型的なタール便が続く場合はまず上部消化管を調べる。前処置(腸管洗浄)にも時間がかかり、最初に行う検査ではない。
吐血・下血と出血部位
・上部消化管出血:トライツ靱帯より口側(食道・胃・十二指腸)からの出血。吐血やタール便をきたす。タール便は通常50〜100mL程度以上の出血で生じるとされる。 ・下部消化管出血:トライツ靱帯より肛門側(主に大腸)からの出血。鮮血便・暗赤色便をきたす。 ・ただし上部消化管からの大量出血では、腸管通過が速いため赤い血便になることがあり、血便でも循環動態が不安定なら上部消化管出血を否定できない。 ・上部消化管出血では、腸管内で吸収された血液の蛋白が分解されて血中尿素窒素(BUN)が上昇し、BUN/クレアチニン比が高くなる。
上部消化管出血の主な原因
胃潰瘍・十二指腸潰瘍(最多。ヘリコバクター・ピロリ感染、NSAIDs・低用量アスピリン、抗血栓薬などが関与)、急性胃粘膜病変(AGML)、胃癌、マロリー・ワイス症候群(嘔吐を繰り返したあとの食道胃接合部の裂創)、食道・胃静脈瘤(肝硬変など門脈圧亢進症)、逆流性食道炎など。
循環動態の評価
・ショック指数=脈拍数÷収縮期血圧。1.0で約1L、1.5で約1.5L程度の出血が目安とされる。 ・起立時の脈拍増加や血圧低下も循環血液量減少の指標となる。
初期対応の流れ
1. 気道・呼吸・循環の評価と確保(吐血が多い場合は誤嚥に注意) 2. 太い末梢静脈路の確保、採血(血算、生化学、凝固、血液型・交差適合試験)、細胞外液補充液による輸液、必要に応じて輸血 3. 循環動態を安定させたうえで早期に上部消化管内視鏡検査を行い、出血源の同定と内視鏡的止血 4. 潰瘍出血ではプロトンポンプ阻害薬(PPI)などの静注を併用。止血後はピロリ菌の検査・除菌やNSAIDsの中止を行う 5. 内視鏡で止血困難な場合は、血管造影による経カテーテル動脈塞栓術(TAE)や外科手術を検討する
潰瘍出血の内視鏡所見(Forrest分類)
活動性の噴出性出血(Ia)、湧出性出血(Ib)、露出血管(IIa)は再出血の危険が高く、内視鏡的止血の対象となる。
POINT
・タール便は主に上部消化管(トライツ靱帯より口側)からの出血を示す ・頻脈・血圧低下(ショック指数1以上)があれば、まず静脈路確保・輸液・輸血で循環を安定させる ・その次に行うのは出血源の同定と止血を同時にできる上部消化管内視鏡検査 ・上部消化管出血の原因で最も多いのは胃・十二指腸潰瘍 ・内視鏡で出血源不明なら造影CT、カプセル内視鏡などで小腸を含めて検索する
