穿刺から15分後の息苦しさ―鎖骨下静脈と肺尖の「近さ」が招く気胸
第103回医師国家試験 E問題 第53問
国試問題にチャレンジ
68歳の男性。中心静脈栄養管理のため右鎖骨下静脈からカテーテルを挿入した。静脈穿刺が困難で何度か穿刺を行い,最終的にガイドワイヤー及びカテーテル挿入を完了し,血液の逆流も確かめてカテーテルを留置固定した。15分後に呼吸困難を訴え頻呼吸となった。 最も考えられるのはどれか。
- a.気胸
- b.縦隔気腫
- c.胸管損傷
- d.肺塞栓症
- e.横隔神経損傷
対話形式の解説
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ドクターまとめ
鎖骨下静脈の背側・尾側には肺尖を覆う胸膜頂が近接しているため、鎖骨下静脈穿刺では気胸が最も頻度の高い合併症となり、穿刺を繰り返すほどリスクが高まります。肺からの空気漏れは徐々に進むので、症状は穿刺直後ではなく数分から数時間遅れて出ることがあり、挿入後の胸部X線での確認と経過観察が欠かせません。空気塞栓は空気が引き込まれた瞬間に急激に発症し、胸管損傷は左静脈角に近い左側穿刺で問題となるなど、発症時期と解剖から他の合併症を鑑別できます。挿入部位ごとの利点と欠点、超音波ガイド下穿刺による予防、緊張性気胸に対する迅速な脱気まで含めて理解しておくことは、日常的に行われる中心静脈カテーテル管理の安全につながります。
解答・解説
正解はaです
所見の整理
・68歳男性。中心静脈栄養のため、右鎖骨下静脈から中心静脈カテーテルを挿入した。 ・穿刺がうまくいかず、何度も針を刺し直した。 ・カテーテルからの血液の逆流は確認され、先端は静脈内に入っている。 ・挿入から15分後に呼吸困難と頻呼吸が出現した。
診断へのプロセス
手技の直後に急に呼吸状態が悪化しているので、まず穿刺による合併症を考える。鎖骨下静脈は鎖骨と第1肋骨の間を走り、そのすぐ背側・尾側には壁側胸膜に覆われた肺尖(胸膜頂)がある。このため鎖骨下静脈穿刺では、針が深く入りすぎたり、向きがずれたりすると胸膜と肺を貫き、気胸を起こしやすい。本例のように穿刺を繰り返した場合、そのリスクはさらに高まる。 肺に開いた小さな孔から空気が胸腔内へ少しずつ漏れるため、穿刺直後ではなく数分から数十分、ときには数時間たってから症状が出ることも多い。15分後に発症した呼吸困難・頻呼吸は、この経過によく合う。
設問の考え方
鎖骨下静脈穿刺の合併症として頻度が高いのは、気胸、鎖骨下動脈の誤穿刺とそれによる血腫・血胸である。まれなものとして、空気塞栓、カテーテル先端の位置異常、心タンポナーデ、縦隔気腫、神経損傷などがある。空気塞栓は、空気が引き込まれた瞬間に症状が出る点が特徴である。挿入後しばらくしてから呼吸困難が現れ、最も頻度の高い合併症でもある気胸が最も考えやすい。確定には、胸部エックス線写真(または胸部超音波検査)で患側肺の虚脱と肺紋理の消失を確認する。
選択肢考察
- ○a. 気胸
鎖骨下静脈の背側・尾側には肺尖を覆う胸膜頂が近接しており、穿刺針が胸膜と肺を貫くと気胸が生じる。鎖骨下静脈穿刺は、内頸静脈穿刺や大腿静脈穿刺に比べて気胸の頻度が高い。本例では穿刺を繰り返しており、そのリスクが高い状況であった。肺からの空気漏れは徐々に進むため、手技から時間をおいて呼吸困難や頻呼吸が現れるのが典型的である。患側の呼吸音減弱や打診での鼓音、SpO2の低下もみられうる。胸部エックス線写真で確認し、症状のある中等度以上の気胸では胸腔ドレナージを行う。血圧低下、頸静脈怒張、気管の偏位などがあれば緊張性気胸を疑い、ただちに脱気する。
- ×b. 縦隔気腫
縦隔気腫は、縦隔内に空気がたまった状態である。針を深く進めすぎた場合や、気胸に続発した場合に起こりうるが、鎖骨下静脈穿刺の合併症としては気胸よりはるかにまれである。胸痛や頸部の皮下気腫(握雪感)が主な症状で、単独では強い呼吸困難をきたすことは少ない。本例で最も考えられる病態ではない。
- ×c. 胸管損傷
胸管は、全身のリンパの大部分を集める最大のリンパ管である。胸管は左側を上行し、左内頸静脈と左鎖骨下静脈の合流部(左静脈角)に注ぐ。したがって胸管の損傷と、それによる乳び胸が問題になるのは左側からの穿刺である。右側には細い右リンパ本幹があるだけで、右鎖骨下静脈穿刺で胸管を損傷することは解剖学的に考えにくい。また乳び胸は乳びが徐々にたまって起こるので、挿入後15分で呼吸困難を起こすことも考えにくい。
- ×d. 肺塞栓症
中心静脈カテーテルに関連する塞栓症には、空気塞栓と血栓塞栓がある。空気塞栓は、吸気時の胸腔内陰圧によって、針やカテーテルの開放端から空気が静脈内に引き込まれて起こる。脱水や坐位で中心静脈圧が低いと起こりやすく、引き込まれた瞬間に呼吸困難、血圧低下、意識障害などが急激に出現する。カテーテルに関連する血栓症は、留置が長期間に及んだ後に問題となるもので、留置直後には起こりにくい。本例は血液の逆流を確認して留置固定し、15分後に症状が出ているので、いずれの機序にも合わない。
- ×e. 横隔神経損傷
横隔神経(第3〜5頸神経)は、前斜角筋の前面を下行して鎖骨下静脈の後方から胸腔に入るため、誤った方向に深く穿刺すれば損傷しうる。しかしその頻度は極めてまれである。片側の横隔神経麻痺では患側の横隔膜が挙上するが、健常な肺機能があれば多くは無症状か軽い労作時呼吸困難にとどまる。手技後15分で急に呼吸困難・頻呼吸を起こす原因としては考えにくい。
中心静脈カテーテル挿入部位ごとの特徴
・内頸静脈:超音波ガイド下で穿刺しやすい。気胸は鎖骨下より少ないが、総頸動脈の誤穿刺に注意する。 ・鎖骨下静脈:固定しやすく、感染リスクが比較的低い。一方で気胸の頻度が最も高い。鎖骨下動脈を誤穿刺しても圧迫止血が難しい。 ・大腿静脈:気胸は起こらず、緊急時にも確保しやすい。一方で感染と深部静脈血栓症のリスクが高い。
主な合併症
・機械的合併症:気胸、血胸、動脈誤穿刺・血腫、空気塞栓、不整脈(ガイドワイヤーが心臓を刺激して生じる)、カテーテル先端の位置異常、心タンポナーデ、神経損傷、胸管損傷(左側)。 ・感染性合併症:カテーテル関連血流感染症。 ・血栓性合併症:カテーテル関連の静脈血栓症。
予防と確認
現在は、超音波ガイド下での穿刺が機械的合併症を減らす方法として推奨されている。挿入後には胸部エックス線写真を撮り、カテーテル先端の位置(上大静脈と右心房の接合部付近が目安)と、気胸・血胸の有無を確認するのが一般的である。気胸は遅れて現れることがあるので、処置後もしばらくは呼吸状態に注意して観察する。
医原性気胸への対応
症状が軽い小さな気胸は、酸素投与と経過観察で改善することもある。一方、呼吸困難を伴う場合、虚脱が大きい場合、陽圧換気中の場合には胸腔ドレナージを行う。緊張性気胸を疑えば、画像検査を待たずに胸腔穿刺で脱気する。
POINT
・鎖骨下静脈穿刺の合併症で最も多いのは気胸である。肺尖を覆う胸膜頂が静脈に近接していることによる。 ・気胸の症状は穿刺直後ではなく、数分から数時間遅れて出ることがある。穿刺を繰り返した後はとくに注意する。 ・空気塞栓は、空気が引き込まれた瞬間に症状が出る。 ・胸管が注ぐのは左静脈角であり、胸管損傷(乳び胸)は左側からの穿刺で問題になる。 ・中心静脈カテーテル挿入後は、胸部エックス線写真で先端位置と気胸の有無を確認する。
