同じ有機溶剤でも狙う臓器が違う―骨髄を壊すベンゼンを見抜け
第103回医師国家試験 A問題 第60問
国試問題にチャレンジ
再生不良性貧血を引き起こすのはどれか。
- a.アスベスト
- b.カドミウム
- c.クロム
- d.トリクロロエチレン
- e.トルエン
- f.ノルマルヘキサン
- g.パラチオン
- h.ベンゼン
- i.マンガン
- j.メタノール
対話形式の解説
ドクター
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ドクターまとめ
再生不良性貧血は造血幹細胞の障害により汎血球減少をきたす疾患で、多くは特発性ですが、二次性の原因として薬剤、放射線、肝炎後に加え、化学物質ではベンゼンが代表的です。ベンゼンは肝臓で活性代謝物となって骨髄の造血幹細胞を傷害し、再生不良性貧血のほか急性骨髄性白血病や骨髄異形成症候群の原因にもなります。同じ有機溶剤でも、トルエンは中枢神経抑制と乱用、ノルマルヘキサンは末梢神経障害、メタノールは視神経障害と代謝性アシドーシスと、標的臓器が異なる点が重要です。金属ではカドミウムが腎・骨、マンガンがParkinson症候群、六価クロムが鼻中隔穿孔・肺癌、またアスベストは中皮腫・肺癌、有機リンはコリンエステラーゼ阻害と整理できます。物質と標的臓器の対応を押さえておくことは、国家試験対策だけでなく、職業歴聴取や産業保健の実践にも直結します。
解答・解説
正解はhです
本問は、職業性・環境性に曝露する化学物質と、それぞれが引き起こす代表的な健康障害(標的臓器)の対応を問う問題である。 再生不良性貧血は、骨髄の造血幹細胞が減少・障害されることで赤血球・白血球・血小板のすべてが減少する(汎血球減少)疾患である。原因の多くは免疫学的機序による特発性だが、二次性の原因として薬剤(クロラムフェニコール、抗腫瘍薬など)、放射線、ウイルス感染(肝炎後など)、そして化学物質がある。化学物質の代表がベンゼンである。 解答の考え方としては、10個の選択肢それぞれについて「この物質といえばこの臓器・この症状」という組み合わせを思い浮かべ、造血器(骨髄)を標的とする物質を選べばよい。有機溶剤の中でも、骨髄障害を起こすのはベンゼン、末梢神経障害はノルマルヘキサン、視神経障害はメタノール、というように、同じ有機溶剤でも標的臓器が異なる点が頻出の論点である。
選択肢考察
- ×a. アスベスト
アスベスト(石綿)は繊維状のケイ酸塩鉱物で、吸入により石綿肺(じん肺の一種で肺線維症をきたす)、胸膜プラーク(胸膜肥厚斑)、肺癌、悪性中皮腫(胸膜・腹膜)を起こす。中皮腫は曝露から30〜40年程度の長い潜伏期を経て発症することが多い。造血障害の原因ではない。
- ×b. カドミウム
カドミウムの主な標的は腎臓であり、近位尿細管障害(β2-ミクログロブリン尿、Fanconi症候群様の再吸収障害)をきたす。これによるリン・カルシウム喪失とビタミンD活性化障害から骨軟化症・多発骨折が生じ、イタイイタイ病の原因となった。ほかに吸入曝露による肺気腫、歯頸部の黄色環(カドミウム黄色環)も知られる。再生不良性貧血の原因ではない。
- ×c. クロム
主に問題となるのは六価クロムで、強い腐食性・刺激性により皮膚潰瘍(クロム潰瘍)や接触皮膚炎、鼻中隔穿孔を起こす。また発癌性があり肺癌の原因となる(職業癌)。造血障害は典型的ではない。
- ×d. トリクロロエチレン
塩素系有機溶剤で、脱脂洗浄剤として使われてきた。急性中毒では中枢神経抑制に加え、心筋のカテコールアミン感受性を高めて不整脈・心筋麻痺による突然死を起こしうる。慢性中毒では肝障害や多発性神経炎(三叉神経障害が特徴的とされる)がみられる。再生不良性貧血の原因としては挙げられない。
- ×e. トルエン
トルエンはベンゼン環をもつ有機溶剤だが、ベンゼンと異なり骨髄毒性はほとんどない。脂溶性が高く中枢神経に移行しやすいため、麻酔様の中枢抑制作用(頭痛、めまい、意識障害)を示す。シンナー遊び(吸入乱用)の主成分であり、依存を形成し、慢性曝露では小脳失調や認知機能障害などの中枢神経障害、腎尿細管性アシドーシスなどもみられる。
- ×f. ノルマルヘキサン
ノルマルヘキサン(n-ヘキサン)は体内で2,5-ヘキサンジオンに代謝され、これが神経の軸索を障害する。その結果、手袋・靴下型の知覚鈍麻に始まる多発性神経炎(末梢神経障害)や筋萎縮・筋力低下を起こす。接着剤や溶剤を扱う作業での職業病として知られる。造血障害は起こさない。
- ×g. パラチオン
パラチオンは有機リン系農薬で、アセチルコリンエステラーゼを阻害してアセチルコリンを蓄積させる。ムスカリン様作用として縮瞳、流涙、流涎、気道分泌亢進、徐脈、下痢など、ニコチン様作用として筋線維束攣縮、筋力低下、呼吸筋麻痺などが生じ、中枢神経症状(意識障害、痙攣)も伴う。治療はアトロピンとプラリドキシム(PAM)である。再生不良性貧血の原因ではない。
- ○h. ベンゼン
ベンゼンは肝臓で代謝されて生じる活性代謝物(ベンゾキノンなど)が骨髄に蓄積し、造血幹細胞・前駆細胞を傷害する。このため慢性曝露により汎血球減少、再生不良性貧血を起こし、さらに急性骨髄性白血病や骨髄異形成症候群などの造血器腫瘍の原因にもなる(発癌物質として確立している)。また急性の高濃度曝露では他の有機溶剤と同様に麻酔作用(中枢抑制)を示す。以上より、選択肢のうち再生不良性貧血を引き起こすのはベンゼンである。
- ×i. マンガン
マンガンは粉じん・ヒュームの吸入で中枢神経(大脳基底核、特に淡蒼球)に蓄積し、マンガン中毒によるParkinson症候群(仮面様顔貌、小声、四肢振戦、歩行障害、突進現象など)を起こす。初期には情動不安定などの精神症状(マンガン狂)がみられることもある。鉱山労働や溶接作業での職業病である。造血障害は起こさない。
- ×j. メタノール
メタノールはアルコール脱水素酵素によりホルムアルデヒド、さらにギ酸に代謝される。ギ酸が網膜・視神経を障害して視神経炎・視力障害(重症では失明)を起こし、同時にアニオンギャップ開大性の代謝性アシドーシスをきたす。治療にはホメピゾール(またはエタノール)による代謝阻害や血液透析が用いられる。再生不良性貧血の原因ではない。
再生不良性貧血の原因
先天性:Fanconi貧血など。 後天性:特発性(大部分、免疫学的機序による造血幹細胞の障害)、二次性(薬剤:クロラムフェニコール、抗腫瘍薬、金製剤など/化学物質:ベンゼンなど/放射線/肝炎後)、特殊型として発作性夜間ヘモグロビン尿症(PNH)との関連がある。
主な化学物質と標的臓器・健康障害の整理
・アスベスト:石綿肺、胸膜プラーク、肺癌、悪性中皮腫 ・カドミウム:近位尿細管障害、骨軟化症(イタイイタイ病)、肺気腫、黄色環 ・六価クロム:皮膚潰瘍、鼻中隔穿孔、肺癌 ・トリクロロエチレン:急性で不整脈・心筋麻痺、慢性で肝障害・多発性神経炎(三叉神経障害) ・トルエン:中枢抑制(麻酔作用)、吸入乱用・依存 ・ノルマルヘキサン:多発性神経炎(末梢神経障害) ・有機リン(パラチオン):コリンエステラーゼ阻害によるムスカリン様・ニコチン様症状 ・ベンゼン:再生不良性貧血、白血病 ・マンガン:Parkinson症候群 ・メタノール:視神経障害、代謝性アシドーシス ・その他:鉛(貧血〔ヘム合成障害による鉄芽球性・小球性〕、腹痛(鉛疝痛)、橈骨神経麻痺)、水銀(有機水銀で水俣病=求心性視野狭窄・小脳失調・感覚障害、無機水銀で振戦・歯肉炎・腎障害)、ヒ素(皮膚角化・色素沈着、末梢神経障害、皮膚癌・肺癌)、塩化ビニル(肝血管肉腫)、芳香族アミン(ベンジジンなど:膀胱癌)、二硫化炭素(精神障害、動脈硬化)。
貧血を起こす化学物質の違い
鉛による貧血はヘム合成酵素(δ-アミノレブリン酸脱水酵素など)の阻害によるもので骨髄の造血能自体は保たれるのに対し、ベンゼンは造血幹細胞そのものを障害して汎血球減少・再生不良性貧血をきたす点が異なる。
POINT
・ベンゼン:骨髄障害 → 再生不良性貧血、白血病 ・同じ有機溶剤でも標的が異なる:ノルマルヘキサン=末梢神経、メタノール=視神経、トルエン=中枢神経(乱用)、トリクロロエチレン=心臓(急性)・肝・神経 ・金属:カドミウム=腎・骨、マンガン=Parkinson症候群、六価クロム=鼻中隔穿孔・肺癌 ・アスベスト=中皮腫・肺癌、有機リン=コリンエステラーゼ阻害
