黄疸のない背部痛に潜む膵体部癌―「切れない膵癌」をどう治療するか
第102回医師国家試験 D問題 第39問
国試問題にチャレンジ
57歳の女性。背部痛を主訴に来院した。3か月前からの背部痛が徐々に増強している。臍上部に径約5cmの硬い腫瘤を触知する。腹部造影CTを別に示す。 治療として適切なのはどれか。2つ選べ。

- a.抗癌化学療法
- b.動脈塞栓術
- c.放射線治療
- d.膵頭十二指腸切除
- e.膵体尾部切除
対話形式の解説
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ドクターまとめ
膵癌の大部分は乏血性の浸潤性膵管癌で、造影CTでは周囲より造影効果の乏しい腫瘤として描出されます。膵体尾部癌は黄疸を起こしにくく、神経叢浸潤による背部痛や体重減少で進行してから見つかることが多いのが特徴です。治療方針は遠隔転移の有無と主要動脈・門脈系への浸潤度による切除可能性分類で決まり、腹腔動脈や総肝動脈に浸潤した局所進行例は切除不能として、全身化学療法または化学放射線療法を行います。動脈塞栓術は多血性腫瘍である肝細胞癌の治療であり、膵頭十二指腸切除や膵体尾部切除は切除可能例の術式です。「部位で術式を考え、動脈浸潤で切除可能性を判断する」という流れは、膵癌診療全体を理解するうえでの基本となります。
解答・解説
正解はa, cです
所見の整理
・57歳女性。3か月前から背部痛があり、徐々に増強している。 ・臍上部に径約5cmの硬い腫瘤を触れる。 ・腹部造影CTでは、膵体部に造影効果の乏しい(周囲の膵実質より暗く写る)腫瘤があり、腹腔動脈の周囲に広がって総肝動脈に浸潤し、脾動脈にも接している。提示された範囲の肝臓には明らかな転移を認めない。
診断へのプロセス
膵癌(大部分は膵管上皮由来の浸潤性膵管癌=腺癌)は、血流の乏しい乏血性腫瘍であるため、造影CTで周囲の膵実質より造影効果の低い腫瘤として描出される。膵体部の腫瘤、乏血性、周囲への浸潤傾向から膵体部癌と診断できる。 膵体尾部癌は胆管から離れているため黄疸が出にくく、発見時には進行していることが多い。本例の持続し増強する背部痛は、腫瘍が膵の後方(後腹膜)へ広がり、腹腔動脈周囲の神経叢に浸潤していることを示唆する。腹部に腫瘤を触れるほどの大きさであることも進行癌を裏付ける。
治療方針の考え方
膵癌の治療方針は、遠隔転移の有無と主要動脈・門脈系への浸潤の程度(切除可能性分類)で決まる。本例は腹腔動脈周囲から総肝動脈に及ぶ動脈浸潤があり、遠隔転移は明らかでないことから「切除不能局所進行膵癌(UR-LA)」に相当する。この段階では外科切除を行っても腫瘍を取り切れず予後の改善が期待できないため、全身化学療法が治療の中心となる。遠隔転移がなく局所にとどまる病変であることから、化学療法に放射線治療を組み合わせる化学放射線療法も選択肢となる。したがって、抗癌化学療法と放射線治療を選ぶ。
選択肢考察
- ○a. 抗癌化学療法
切除不能な膵癌(局所進行・遠隔転移いずれも)では全身化学療法が治療の基本である。かつてはゲムシタビン単剤が標準であったが、現在は全身状態が良好であればFOLFIRINOX療法(5-FU+ロイコボリン+イリノテカン+オキサリプラチン)やゲムシタビン+ナブパクリタキセル併用療法などの多剤併用療法が第一に考慮され、全身状態に応じてゲムシタビン単剤やS-1なども用いられる。局所進行例では、化学療法が著効した場合に外科切除(コンバージョン手術)を検討することもある。
- ×b. 動脈塞栓術
動脈塞栓術は、腫瘍を栄養する動脈を詰めて腫瘍を壊死させる治療で、動脈血流の豊富な多血性腫瘍(代表は肝細胞癌に対する肝動脈化学塞栓療法:TACE)に用いられる。膵癌は乏血性で線維成分が多く、動脈を塞栓しても腫瘍の壊死は期待できず、膵癌の治療としては行われない。
- ○c. 放射線治療
膵癌(腺癌)は放射線感受性が高くないため、放射線治療を単独で行うことはない。しかし遠隔転移のない局所進行膵癌では、フッ化ピリミジン系薬(S-1など)やゲムシタビンとの併用による化学放射線療法が局所制御を目的とした治療選択肢の一つとなる。多くの場合、先に化学療法を行い、遠隔転移が出てこないことを確認してから放射線を加える。さらに、本例のような腹腔神経叢への浸潤による頑固な背部痛や骨転移の痛みに対しては、症状緩和を目的とした放射線照射も有効である。
- ×d. 膵頭十二指腸切除
膵頭十二指腸切除は、膵頭部・十二指腸・胆管下部・胆嚢などを一括して切除する術式で、膵頭部癌、下部胆管癌、十二指腸乳頭部癌などが対象である。本例の病変は膵体部にあり、術式の対象部位が異なる。そもそも主要動脈に浸潤した切除不能例であり、手術の適応はない。
- ×e. 膵体尾部切除
膵体尾部切除(通常は脾臓も合併切除する)は、切除可能な膵体尾部癌に対する標準術式である。しかし本例は腫瘍が腹腔動脈周囲から総肝動脈に浸潤した局所進行癌で、通常の膵体尾部切除では腫瘍を取り切れず、手術による予後改善は期待できない。なお、腹腔動脈の合併切除を伴う膵体尾部切除(DP-CAR)が一部の施設で行われることがあるが、術前化学療法で効果を確認したうえで慎重に適応を判断する特殊な治療であり、初回治療として選ぶものではない。
膵癌の概要
膵癌の大部分は浸潤性膵管癌(腺癌)で、膵頭部に最も多い。危険因子として、喫煙、膵癌の家族歴、糖尿病(特に新規発症や急な悪化)、慢性膵炎、肥満、IPMN(膵管内乳頭粘液性腫瘍)などがある。早期発見が難しく、診断時に切除可能な例は2割程度にとどまり、癌の中でも予後が最も悪い部類に入る。
部位による症状の違い
・膵頭部癌:総胆管を圧迫・浸潤して閉塞性黄疸を起こしやすく、胆嚢が腫大して無痛性に触れることがある(Courvoisier徴候)。比較的早く見つかることがある。 ・膵体尾部癌:黄疸を起こしにくく、症状が出にくい。背部痛・腹痛、体重減少で発見されることが多く、発見時には進行していることが多い。
診断
腫瘍マーカーとしてCA19-9、CEA、DUPAN-2、SPan-1などが用いられるが、早期診断には向かない。画像では、造影CTで乏血性腫瘤として描出され、腫瘍より尾側の主膵管の拡張や膵実質の萎縮を伴うことが多い。超音波内視鏡(EUS)は小さな病変の検出に優れ、EUS下穿刺吸引生検(EUS-FNA)で組織診断を行う。
切除可能性分類(膵癌取扱い規約・膵癌診療ガイドライン)
・切除可能(R):主要動脈への浸潤がなく、門脈系への浸潤も軽度 ・切除可能境界(BR):門脈系への浸潤が広い、あるいは主要動脈に180度未満で接する ・切除不能局所進行(UR-LA):上腸間膜動脈や腹腔動脈に180度以上接する・浸潤する、総肝動脈への浸潤が固有肝動脈や腹腔動脈に及ぶ、など ・切除不能遠隔転移(UR-M):肝・肺・腹膜・遠隔リンパ節などへの転移
病期ごとの治療の大枠
・切除可能:術前化学療法(ゲムシタビン+S-1など)→ 手術 → 術後補助化学療法(S-1など) ・切除可能境界:術前化学療法(または化学放射線療法)を行ってから切除を検討 ・局所進行:化学療法、または化学放射線療法。効果が大きい場合はコンバージョン手術を検討 ・遠隔転移:全身化学療法 遺伝子検査でBRCA変異、MSI-High(マイクロサテライト不安定性が高い)などが見つかれば、PARP阻害薬や免疫チェックポイント阻害薬が選択肢に加わることがある。
症状緩和
神経叢浸潤による強い痛みには、オピオイドを中心とした薬物療法に加え、腹腔神経叢ブロックや緩和照射が行われる。閉塞性黄疸には胆道ステント留置、十二指腸閉塞には十二指腸ステントや胃空腸バイパス術が行われる。
POINT
・膵癌は乏血性で、造影CTで造影効果の乏しい腫瘤として写る。 ・膵体尾部癌は黄疸が出にくく、背部痛(後方・神経叢浸潤)で見つかり進行例が多い。 ・主要動脈(腹腔動脈・上腸間膜動脈・総肝動脈など)へ浸潤した局所進行膵癌は切除不能であり、化学療法または化学放射線療法を行う。 ・放射線治療は単独ではなく化学療法と組み合わせて行う。疼痛緩和目的の照射もある。 ・動脈塞栓術は多血性の肝細胞癌の治療であり、乏血性の膵癌には用いない。 ・膵頭十二指腸切除は膵頭部、膵体尾部切除は膵体尾部の切除可能例に対する術式。
