幻覚が「ない」のはどれ?―知覚の障害から読み解くうつ病の位置づけ
第102回医師国家試験 C問題 第5問
国試問題にチャレンジ
幻覚を認めないのはどれか。
- a.せん妄
- b.うつ病
- c.統合失調症
- d.覚醒剤依存症
- e.アルコール依存症
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
幻覚は実在しない対象の知覚で、実在する対象を誤って知覚する錯覚とは区別されます。せん妄やアルコール離脱による振戦せん妄では幻視(特に小動物幻視)が、統合失調症では対話性幻聴・注釈幻聴・考想化声が、覚醒剤精神病では幻聴・幻視に加えて蟻走感などの体感幻覚が代表的にみられます。一方、うつ病は抑うつ気分と興味の喪失を中核とする気分の障害で、通常は幻覚を伴わず、重症例で目立つのは罪業・貧困・心気妄想といった微小妄想です。ただし精神病性の特徴を伴う重症うつ病では気分に一致した幻聴がまれにみられるため、幻覚の種類と背景疾患を対応づけて理解しておくことが、精神症状の鑑別と適切な治療選択につながります。
解答・解説
正解はbです
幻覚とは、対象が実際には存在しないのに、それを知覚として体験することである。聞こえるはずのない声が聞こえる幻聴、見えるはずのないものが見える幻視のほか、幻嗅・幻味・幻触(体感幻覚を含む)がある。これに対し、実在する対象を誤って知覚するのが錯覚であり(例:壁のしみが人の顔に見える)、錯覚は疲労時や不安時など健常者にも起こりうる。 本問では、選択肢の各疾患で幻覚が主要な症状として現れるかどうかを考える。 ・意識障害を背景とするもの:せん妄(幻視が中心) ・内因性精神病:統合失調症(幻聴が中心) ・物質関連:覚醒剤(中毒性精神病として幻聴・幻視)、アルコール(離脱時の振戦せん妄やアルコール幻覚症) これらはいずれも幻覚が代表的な症状に含まれる。一方、うつ病は抑うつ気分・興味の喪失を中核とする気分の障害であり、一般的には幻覚を伴わない。したがって「幻覚を認めない」ものとして最も適切なのはうつ病である。ただし、重症のうつ病で精神病症状を伴う場合には、気分に一致した内容の幻覚がまれにみられることがある点は知っておくとよい。
選択肢考察
- ×a. せん妄
せん妄は、軽度〜中等度の意識混濁に、錯覚・幻覚・不穏・興奮などが加わった状態で、急性に発症し、症状が日内で変動し夜間に悪化しやすい。幻覚としては幻視が最も多く、虫や小動物、人影などが見えると訴えることが多い。幻聴を伴うこともある。したがって幻覚を認める病態である。
- ○b. うつ病
うつ病の中核症状は抑うつ気分と興味・喜びの喪失であり、ほかに睡眠障害、食欲低下、易疲労感、思考制止、自責感、希死念慮などがみられる。知覚の障害である幻覚は通常みられない。重症例では罪業妄想・貧困妄想・心気妄想(あわせて微小妄想)などの妄想を伴うことがあり、精神病性の特徴を伴う場合には「お前は罪深い」と責める声など気分に一致した幻聴がまれに出現しうるが、一般的な症状ではない。選択肢の中で幻覚を認めないものとして最も適切である。
- ×c. 統合失調症
統合失調症では幻覚、特に幻聴が非常に多い。自分に話しかけてくる声と応答する対話性の幻聴、自分の行動に逐一口出しする注釈幻聴、自分の考えが声になって聞こえる考想化声などが特徴的で、シュナイダーの一級症状にも含まれる。体感幻覚がみられることもある。
- ×d. 覚醒剤依存症
アンフェタミンやメタンフェタミンなどの覚醒剤を反復使用すると、統合失調症によく似た精神病状態(覚醒剤精神病)を生じ、被害妄想・追跡妄想とともに活発な幻聴・幻視がみられる。皮膚の下を虫が這うような体感幻覚(蟻走感)もよく知られる。使用を中止しても、少量の再使用やストレスで症状が再燃するフラッシュバック(自然再燃)が起こりうる。
- ×e. アルコール依存症
アルコール依存症では身体依存が形成され、飲酒の中断・減量により離脱症状が出現する。離脱早期(最終飲酒から数時間〜2日程度)には手指振戦・発汗・不眠・一過性の幻覚などが、その後(おおむね2〜4日目頃)には振戦せん妄が現れ、小動物幻視(虫や小動物が多数見える)が特徴的である。また、意識清明下で主に幻聴が出現するアルコール幻覚症もある。したがって幻覚を認める。
知覚の障害の整理
・錯覚:実在する対象を誤って知覚する。健常者にも生じる。 ・幻覚:実在しない対象を知覚する。幻聴、幻視、幻嗅、幻味、幻触・体感幻覚に分けられる。
幻覚の種類と代表的な疾患
・幻聴:統合失調症(対話性幻聴、注釈幻聴、考想化声)、アルコール幻覚症、覚醒剤精神病 ・幻視:せん妄、アルコール離脱せん妄(小動物幻視)、レビー小体型認知症(人物や小動物が具体的・鮮明に見える)、幻覚薬(LSDなど) ・体感幻覚:統合失調症、覚醒剤精神病(蟻走感)、コカイン ・幻嗅・幻味:側頭葉てんかん(鉤回発作)など
うつ病でみられる症状
抑うつ気分、興味・喜びの喪失、食欲・体重の変化、不眠または過眠、精神運動制止または焦燥、易疲労感、無価値感・罪責感、思考力・集中力の低下、希死念慮。妄想を伴う場合は、罪業妄想・貧困妄想・心気妄想といった微小妄想が典型である。精神病症状を伴ううつ病では、抗うつ薬に抗精神病薬を併用したり、電気けいれん療法を検討したりする。
アルコール離脱の経過
最終飲酒後数時間〜:振戦、発汗、頻脈、不眠、不安、一過性の幻覚、けいれん発作(離脱けいれん) 2〜4日目頃:振戦せん妄(意識障害、小動物幻視、自律神経症状) アルコール幻覚症:意識は清明で、主に被害的な内容の幻聴が出現する。
POINT
・幻覚=実在しない対象の知覚、錯覚=実在する対象の誤った知覚。 ・せん妄・アルコール離脱せん妄・レビー小体型認知症では幻視、統合失調症では幻聴(対話性・注釈性)が特徴的。 ・覚醒剤精神病は統合失調症に類似し、幻聴・被害妄想・体感幻覚が出現する。 ・うつ病は気分の障害で、通常は幻覚を伴わない。重症時に目立つのは幻覚よりも微小妄想である。
