めまいの奥に隠れたSOS―うつ病診療で最初に確かめるべきこと
第101回医師国家試験 D問題 第12問
国試問題にチャレンジ
45歳の男性。出勤中に起きた激しいめまいと吐き気とを主訴に来院した。1年前に転勤となり,通勤に1時間半かかるようになった。慣れない仕事でしかも上司との関係が悪く,出勤を負担に感じるようになった。半年前からは,なかなか寝つけず,朝も早く目が覚めてしまうようになり,倦怠感が強く出勤がつらくなってきた。職場では,午前中は特に,頭が重く感じられ仕事の能率が上がらないために,夜遅くまで職場に残って仕事をしなければならなくなっていた。1か月前からは,食欲がなくなり,何をしても楽しいと感じられなくなった。 この患者で最も注意すべき症状はどれか。
- a.幻聴
- b.過呼吸
- c.被害妄想
- d.自殺念慮
- e.記銘力低下
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
心理社会的ストレスを背景に、早朝覚醒、朝に症状が強い日内変動、思考制止、食欲低下、興味・喜びの喪失がそろう場合は、うつ病を強く疑います。うつ病の診療で最も注意すべきなのは自殺念慮であり、尋ねることが自殺を誘発するわけではないため、有無と具体性を率直かつ段階的に確認することが重要です。幻聴や被害妄想は統合失調症で典型的で、うつ病の妄想は罪業・貧困・心気といった微小妄想が特徴であり、過呼吸や記銘力低下も自殺の危険に比べ優先度は低くなります。自殺の危険は病初期と回復期に高く、休養・抗うつ薬・精神療法・環境調整を組み合わせて治療します。めまいなどの身体症状で受診する患者の背景にうつ病が隠れていることは珍しくなく、どの診療科に進んでも自殺リスクを評価できる力が求められます。
解答・解説
正解はdです
所見の整理
45歳の男性。来院のきっかけは出勤途中に生じた激しいめまいと吐き気だが、病歴を追うと背景に次のような経過がある。 ・誘因となる心理社会的ストレス: 1年前の転勤、片道1時間半の長時間通勤、慣れない業務、上司との不良な関係。 ・半年前から: 入眠困難と早朝覚醒(早朝覚醒はうつ病に特徴的な睡眠障害)、強い倦怠感。 ・午前中に特に頭が重く仕事の能率が上がらない: 朝に症状が強く夕方に軽くなる日内変動、および思考制止(考えが進まず判断・作業が遅くなる状態)を示唆する。 ・1か月前から: 食欲低下、何をしても楽しいと感じられない(興味・喜びの喪失)。
診断へのプロセス
興味・喜びの喪失を中核に、睡眠障害、易疲労感・倦怠感、食欲低下、思考力・集中力の低下が少なくとも1か月持続しており、DSM-5のうつ病(大うつ病性障害)の診断基準(抑うつ気分または興味・喜びの喪失のいずれかを含む5項目以上が2週間以上ほぼ毎日持続し、社会的・職業的機能に支障をきたす)を満たしうる。出勤途中のめまい・吐き気は、うつ病に伴う身体症状として現れている可能性があるが、臨床の場では平衡機能障害や脳血管障害などの身体疾患を除外する精査も並行して行う。 ストレスへの反応として生じる適応障害も鑑別に挙がるが、うつ病の診断基準を満たす場合はうつ病の診断が優先される。本例は症状の数・程度からうつ病と考えるのが妥当である。
設問の考え方
うつ病の診療で最も優先して評価すべきなのは、生命に直結する自殺の危険性である。したがって、この患者で最も注意すべき症状は自殺念慮であり、診察の際には「死にたい気持ちがあるか」を具体的に尋ねて評価する必要がある。
選択肢考察
- ×a. 幻聴
幻聴は統合失調症をはじめとする精神病性障害の代表的な症状である。重症のうつ病で精神病症状を伴うこともあるが、その場合も内容は自責的・気分に一致したものが多い。本例の病歴からは幻聴の出現をうかがわせる所見はなく、最も注意すべき症状とはいえない。
- ×b. 過呼吸
過呼吸は急性の不安発作(パニック発作など)で生じやすい症状である。本例のようなストレス状況で起こる可能性は否定できないが、多くは一過性で生命の危険は低い。自殺の危険と比べれば優先度は低い。
- ×c. 被害妄想
被害妄想(他人に危害を加えられる、陥れられるなどと確信する妄想)は統合失調症や妄想性障害などで典型的にみられる。うつ病で妄想が生じる場合は、罪業妄想・貧困妄想・心気妄想といった、自分を過小に評価する微小妄想が特徴的である。本例で最も注意すべき症状ではない。
- ○d. 自殺念慮
本例は睡眠障害(早朝覚醒)、倦怠感、午前中に強い能率低下、食欲低下、興味・喜びの喪失がそろい、うつ病が強く疑われる。うつ病の最も重大な転帰は自殺であり、一見軽症に見える場合でも自殺念慮の有無と程度を必ず確認しなければならない。自殺念慮を尋ねることが自殺を誘発するわけではなく、率直に質問して評価することが推奨される。自殺の危険が高ければ入院を含めた安全確保が必要となる。
- ×e. 記銘力低下
記銘力(新しいことを覚える力)の低下は認知症で重要な症状である。うつ病でも集中力の低下によって一時的にもの忘れが目立つことがあり、高齢者では認知症と紛らわしい状態(仮性認知症)を呈することもあるが、本例は45歳で、病状評価の指標として最も重視すべき症状ではない。
うつ病(大うつ病性障害)の診断基準の要点(DSM-5)
以下の9症状のうち5つ以上が同じ2週間の間に存在し、そのうち少なくとも1つは(1)抑うつ気分か(2)興味・喜びの著しい減退であること。 (1)抑うつ気分 (2)興味・喜びの減退 (3)体重・食欲の変化 (4)不眠または過眠 (5)精神運動の焦燥または制止 (6)疲労感・気力の減退 (7)無価値感・過剰な罪責感 (8)思考力・集中力の減退、決断困難 (9)死についての反復思考、自殺念慮・自殺企図
うつ病に特徴的な所見
・睡眠障害: 早朝覚醒が典型的(入眠困難や中途覚醒も起こる)。 ・日内変動: 朝に症状が最も重く、夕方にかけて軽くなる。 ・身体症状: 食欲低下、体重減少、倦怠感、頭重感、便秘、めまい、性欲低下など。身体症状が前景に立ち、内科などを最初に受診することも多い(いわゆる仮面うつ病)。 ・妄想を伴う場合は微小妄想(罪業妄想・貧困妄想・心気妄想)。
自殺の危険に関する注意点
・自殺念慮は「死にたいと思うことがあるか」「具体的な方法を考えたか」など段階的に、率直に尋ねる。 ・うつ病の病初期と回復期は、意欲や行動力が戻る一方で抑うつ気分が残るため、自殺の危険が高いとされる。 ・危険性が高い場合は、家族への協力依頼、重要な決定(退職など)を先延ばしにするよう助言、入院治療などを検討する。
治療の基本
十分な休養(必要に応じて休職)、抗うつ薬(選択的セロトニン再取り込み阻害薬〈SSRI〉、セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬〈SNRI〉など)、精神療法を組み合わせる。職場ストレスが誘因の場合は環境調整も重要である。
適応障害との関係
適応障害は明確なストレス因に反応して、その開始から3か月以内に情緒面・行動面の症状が出現するものであり、他の精神疾患(うつ病など)の診断基準を満たさない場合に診断される。うつ病の基準を満たせば、ストレス因があってもうつ病と診断する。
POINT
・早朝覚醒、朝に悪い日内変動、食欲低下、興味・喜びの喪失、思考制止はうつ病を示唆する。 ・うつ病で最も注意すべきは自殺念慮であり、必ず直接尋ねて評価する。 ・自殺の危険は病初期と回復期に高い。 ・うつ病の妄想は微小妄想(罪業・貧困・心気)で、被害妄想や幻聴は統合失調症で典型的。 ・身体症状(めまい、吐き気、倦怠感など)で身体科を受診するうつ病も多い。
