切るべきは「膿」があるときだけ―産褥5日の張った乳房と、うっ滞性乳腺炎の正しいケア
第101回医師国家試験 A問題 第1問
国試問題にチャレンジ
22歳の初妊婦。産褥5日。妊娠40週4日に遅発一過性徐脈が出現したため緊急帝王切開分娩となった。産褥3日から夕方にのみ37℃ を超える微熱が2日続いている。乳房全体は腫脹し,やや発赤しているが痛みは弱い。子宮底は恥骨上縁から3cm上にあり,硬く圧痛を認めない。悪露は褐色であり,悪臭を認めない。血液所見:赤血球390万,Hb 12.0g/dL,Ht 37%,白血球6,600,血小板24万。CRP 0.1mg/dL。 対応として適切でないのはどれか。
- a.搾乳
- b.授乳継続
- c.乳頭清拭
- d.乳房切開排膿
- e.乳房マッサージ
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
産褥3〜5日ごろは乳汁分泌が急増する時期で、乳房全体の腫脹・軽い発赤・微熱があり、痛みが弱く炎症反応も上がっていなければうっ滞性乳腺炎を考えます。治療の基本はたまった乳汁を出すことで、授乳継続、搾乳、優しい乳房ケア、適切な乳頭清拭が中心となり、授乳を中止してはいけません。一方、産褥2週以降に片側の強い痛み、高熱、白血球増多やCRP上昇を伴えば、黄色ブドウ球菌などによる化膿性乳腺炎として抗菌薬を用い、膿瘍を形成した場合に限って切開排膿や穿刺吸引を行います。膿のない乳房の切開は乳汁瘻などの合併症を招くため不適切です。産褥期の発熱では子宮底や悪露の所見で子宮内膜炎を除外しつつ、乳腺炎の病型を見極める姿勢が、母体の回復と母乳育児の支援の両方につながります。
解答・解説
正解はdです
所見の整理
・22歳の初産婦。緊急帝王切開後の産褥5日 ・産褥3日から、夕方だけ37℃を少し超える微熱が2日続いている ・乳房全体が腫れ、やや赤いが、痛みは弱い ・子宮底は恥骨上縁から3cm上で硬く、圧痛なし(子宮の収縮・復古は良好で、子宮内膜炎を疑う所見はない) ・悪露は褐色で悪臭なし(産褥5日前後の褐色悪露として正常。感染を示す悪臭もない) ・白血球6,600/μL、CRP 0.1mg/dLと炎症反応はほぼ正常。Hb 12.0g/dLで貧血もない
診断へのプロセス
産褥期の発熱では、子宮内膜炎などの産褥熱、帝王切開創の感染、尿路感染、乳腺炎、血栓性静脈炎などを考える。本例は子宮・悪露に異常がなく、炎症反応も上がっていないため、細菌感染による重い病態は考えにくい。 一方、産褥3〜4日ごろは乳汁が初乳から移行乳に変わり、分泌量が急に増える時期である。このとき乳管の通りが追いつかないと乳汁が乳房内にたまり、乳房の腫れ・発赤・微熱が生じる。これがうっ滞性乳腺炎(乳汁うっ滞)である。本例は、発症時期、乳房全体の腫脹と軽い発赤、軽い疼痛、微熱、炎症反応が上がっていないことがいずれもこれに合う。細菌感染による化膿性乳腺炎であれば、多くは産褥2週以降に、片側の乳房の強い痛み、悪寒戦慄を伴う高熱、白血球増多・CRP上昇をきたすため、本例とは異なる。
設問の考え方
うっ滞性乳腺炎の治療の基本は「たまった乳汁を外に出すこと」である。授乳を続け、必要なら搾乳を加え、乳房のケアで乳汁の流れを助ける。問われているのは「適切でない」対応であり、膿がたまっていない乳房に対する外科的処置がこれにあたる。
選択肢考察
- ×a. 搾乳
適切な対応である。うっ滞性乳腺炎では、乳管の出口が浮腫やうっ血、濃い乳汁によって通りにくくなり、乳汁が乳房内にたまっている。授乳だけで十分に出しきれない場合や、児がうまく吸えない場合に、手や搾乳器で乳汁を出して乳房を軽くすることは、症状を和らげる直接的な治療になる。
- ×b. 授乳継続
適切な対応である。児に吸わせることは乳汁を出す最も効果的な方法であり、うっ滞性乳腺炎ではむしろ授乳を積極的に続ける。授乳を中止すると乳汁がさらにたまって症状が悪化し、化膿性乳腺炎へ進むきっかけにもなる。乳頭と乳輪を深くくわえさせる(適切な吸着)、授乳の間隔をあけすぎない、抱き方を変えて乳房の各部分から乳汁が出るようにするといった工夫が大切である。
- ×c. 乳頭清拭
適切な対応である。授乳前に乳頭周囲の汗や汚れを清潔なタオルなどで軽く拭い、授乳後は乳頭をよく乾かすことで、乳頭の傷からの細菌侵入を防ぎ、化膿性乳腺炎への進展を予防できる。ただし、消毒綿などで繰り返し強く拭くと、乳輪にあるモントゴメリー腺からの保護的な分泌物(皮脂)が取り除かれ、乳頭の乾燥や亀裂の原因になるので避ける。
- ○d. 乳房切開排膿
適切でない対応であり、これが正解である。乳房の切開排膿は、化膿性乳腺炎が進んで膿瘍(膿のかたまり)を形成し、波動を触れる、超音波で膿の貯留が確認されるといった場合に行う処置である。本例は白血球6,600/μL、CRP 0.1mg/dLと炎症反応がほぼ正常で、痛みも弱く、膿瘍を疑う所見はない。膿がない乳房を切開しても排出するものがないばかりか、傷の治りが悪く、乳汁が傷口から漏れ続ける乳汁瘻をつくる危険もあるため、行ってはならない。
- ×e. 乳房マッサージ
適切な対応である。産褥早期は乳房の浮腫やうっ血のために乳汁の通り道が狭くなりやすく、授乳前に乳房や乳頭をケアしてうっ血を和らげると、乳汁が出やすくなる。うっ滞性乳腺炎の初期対応として、授乳・搾乳と組み合わせて行う。なお近年は、強く揉みほぐすような深いマッサージは組織を傷め浮腫を悪化させうるとされ、乳房の表面を優しくなでるような手技が勧められている。
乳汁分泌の経過
妊娠中から少量の初乳が分泌されている。分娩後に胎盤由来のエストロゲン・プロゲステロンが急に減るとプロラクチンの作用が強まり、産褥3〜4日ごろから乳汁分泌が急増して移行乳となる。産褥1〜2週ごろに成乳となり、乳汁分泌が確立する。児が乳頭を吸う刺激は、プロラクチン(乳汁産生)とオキシトシン(射乳反射、子宮収縮)の分泌を促す。
うっ滞性乳腺炎と化膿性乳腺炎の比較
・うっ滞性乳腺炎 時期:産褥早期(おおむね1週以内) 原因:乳汁分泌量の増加に排出が追いつかない乳汁うっ滞 症状:乳房の腫脹・発赤・熱感・疼痛(軽度〜中等度)、微熱程度 検査:炎症反応は目立たない 対応:授乳継続、搾乳、乳房のケア、冷罨法など。授乳は積極的に続ける ・化膿性乳腺炎 時期:産褥2〜3週以降に多い 原因:乳頭亀裂などから侵入した細菌(主に黄色ブドウ球菌。MRSAもある) 症状:片側の乳房の強い痛み・発赤・硬結・熱感、悪寒戦慄を伴う38℃以上の高熱、腋窩リンパ節の有痛性腫大 検査:白血球増多、CRP上昇 対応:抗菌薬(ブドウ球菌に有効な薬剤)、乳汁の排出の継続、解熱鎮痛薬。膿瘍を形成すれば切開排膿または穿刺吸引
化膿性乳腺炎と授乳について
かつては化膿性乳腺炎では患側からの授乳を中止するとされていた。現在では、健康な正期産児であれば患側からの授乳を続けても児への危険は小さく、乳汁の排出を続けることが治療上も重要と考えられている。膿瘍の切開部や排膿部が児の口に触れる場合などは、その側からの直接授乳を控え、搾乳で乳汁を出すなどの対応をとる。
産褥期の正常所見の目安
・子宮底:分娩直後は臍下2〜3横指、産褥12時間ごろに臍の高さまで上がり、その後は1日に約1横指ずつ下がる。産褥10〜14日ごろには腹壁の上から触れなくなる。帝王切開後は経腟分娩後よりやや復古が遅れることがある。 ・悪露:赤色悪露(産褥2〜3日)→ 褐色悪露(〜1週ごろ)→ 黄色悪露 → 白色悪露(3〜4週ごろ)。悪臭や子宮の圧痛、子宮復古不全があれば子宮内膜炎を疑う。
産褥熱
分娩終了後24時間以降、産褥10日以内に、38℃以上の発熱が2日以上続くものを産褥熱という。主な原因は子宮内膜炎などの性器感染である。本例は37℃台の微熱で子宮・悪露にも異常がなく、産褥熱にはあたらない。
POINT
・産褥早期(3〜5日ごろ)の乳房腫脹・軽い発赤・微熱、炎症反応が上がっていない → うっ滞性乳腺炎。 ・うっ滞性乳腺炎の治療は乳汁を出すこと:授乳継続、搾乳、乳房・乳頭のケア。授乳は中止しない。 ・切開排膿は、化膿性乳腺炎が膿瘍を形成したときに限って行う。膿瘍のない乳房を切開すると乳汁瘻などをつくる。 ・化膿性乳腺炎は産褥2週以降に多く、主に黄色ブドウ球菌による。高熱・強い疼痛・白血球増多・CRP上昇を伴い、抗菌薬で治療する。 ・産褥期の発熱では、子宮(子宮底の高さ・硬さ・圧痛)と悪露の性状を確認し、子宮内膜炎を除外する。
