内視鏡では見えない「逆流そのもの」―胸やけの病態をpHで証明する
第100回医師国家試験 H問題 第16問
国試問題にチャレンジ
58歳の男性。食後の胸やけと夜間の胃液の逆流とを主訴に来院した。3年前から同様の症状があり,近医で制酸薬の投与を受けていたが,服薬中断で容易に症状が再発している。 内視鏡検査のほかに,病態診断のために行う検査はどれか。
- a.唾液分泌検査
- b.嚥下機能検査
- c.食道pHモニタリング
- d.胃運動機能検査
- e.ICG試験
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
胸やけと呑酸はGERDの定型症状であり、酸分泌抑制薬で改善し中止で再燃する経過は胃酸逆流が原因であることを支持します。内視鏡は粘膜傷害の程度やBarrett食道、他疾患の除外に有用ですが、酸逆流そのものは評価できないため、病態診断には24時間食道pHモニタリングを行い、酸曝露時間や症状と逆流の関連を客観的に判定します。特に内視鏡で異常のないNERDの診断、治療抵抗例、噴門形成術の適応判断で重要であり、非酸逆流も捉えるインピーダンス・pHモニタリングも用いられます。唾液分泌検査はSjögren症候群、嚥下機能検査は嚥下障害、胃排出能検査は胃不全麻痺、ICG試験は肝予備能と、各検査の用途を整理しておくことが、検査選択の判断力につながります。
解答・解説
正解はcです
所見の整理
・58歳男性 ・食後の胸やけ(前胸部〜心窩部の焼けるような不快感) ・夜間の胃液の逆流(呑酸:酸っぱい液が口まで上がってくる感覚) ・3年来の慢性経過で、制酸薬(胃酸を中和・抑制する薬)で症状が治まるが、中断すると容易に再発する
診断へのプロセス
胸やけと呑酸は胃食道逆流症(GERD:gastroesophageal reflux disease)の二大定型症状である。食後に胃の内容物がある程度逆流すること自体は健常者にも起こりうる(生理的逆流)が、症状を伴って繰り返す場合や、臥位となる夜間に逆流が起こる場合は病的と考える。夜間は臥位で重力による食道への逆流防止が働かず、唾液分泌や嚥下も減るため、逆流した酸が食道内に長くとどまりやすい。さらに、酸分泌を抑える薬で症状が改善し、中止で再燃するという経過は、症状が胃酸の逆流によって起こっていることを強く支持する。以上からGERDが最も考えられる。
設問の考え方
GERDは、内視鏡で食道粘膜にびらん・潰瘍(粘膜傷害)を認める逆流性食道炎(びらん性GERD)と、症状はあるのに内視鏡で粘膜傷害を認めない非びらん性胃食道逆流症(NERD:non-erosive reflux disease)とに分けられる。内視鏡検査では粘膜傷害の有無や程度、合併症(Barrett食道、狭窄など)、他疾患(癌など)の除外を評価できるが、「実際に胃酸が食道へ逆流しているか」「その逆流が症状と一致しているか」という病態そのものは直接評価できない。そこで病態診断として、食道内のpHを長時間連続して測定し、酸逆流を客観的に証明する検査が必要となる。
選択肢考察
- ×a. 唾液分泌検査
唾液分泌検査(ガムテスト、Saxonテストなど)は、口腔乾燥症の評価、特にSjögren症候群の診断に用いる検査である。唾液には逆流した酸を中和・洗い流す働きがあるが、唾液分泌量を測定しても胃酸の食道への逆流そのものは証明できず、GERDの病態診断には用いない。
- ×b. 嚥下機能検査
嚥下機能検査(嚥下造影検査、嚥下内視鏡検査など)は、食物の飲み込みにくさ(嚥下障害)の評価に用いる。脳卒中、Parkinson病、筋ジストロフィなどの神経筋疾患による口腔・咽頭期の嚥下障害や、食道アカラシアのような食道の運動異常の評価で行われる。本例の主訴は胸やけと逆流であり、嚥下障害はないので、病態診断の検査として適切ではない。
- ○c. 食道pHモニタリング
食道pHモニタリングは、鼻から細いカテーテルを挿入し、下部食道括約筋(LES:lower esophageal sphincter)の上方約5cmにpHセンサーを留置して、通常24時間にわたり食道内pHを連続記録する検査である。食道内のpHが4未満となった時間の割合(酸曝露時間)や逆流の回数を算出し、病的な酸逆流があるかを客観的に判定できる。さらに患者が記録した症状の出現時刻と酸逆流のタイミングを照合することで、症状が逆流によるものかどうか(症状関連性)も評価できる。本例のように夜間の逆流を訴える場合、臥位での逆流の程度も把握できる。内視鏡で粘膜傷害がみられないNERDの診断や、薬物治療に抵抗する例、外科治療(噴門形成術など)を検討する例で特に有用である。近年は、酸以外の逆流(弱酸・非酸逆流)も検出できる多チャンネルインピーダンス・pHモニタリングも用いられる。
- ×d. 胃運動機能検査
胃運動機能検査(胃排出能検査:アイソトープ法、13C呼気試験など)は、胃の排出遅延をきたす病態、たとえば糖尿病性胃不全麻痺(gastroparesis)や機能性ディスペプシアの評価に用いる。胃排出の遅延はGERDの増悪因子となりうるが、胃運動を調べても食道への酸逆流そのものは証明できず、GERDの病態診断として第一に行う検査ではない。
- ×e. ICG試験
ICG試験(インドシアニングリーン試験)は、静注した色素ICGが肝臓に取り込まれて胆汁中に排泄される速さをみる検査で、肝予備能(肝臓の余力)の評価、特に肝切除前の評価に用いられる。15分後の血中停滞率(ICG R15)は正常で10%程度以下である。食道・胃の疾患であるGERDの評価には用いない。
胃食道逆流症(GERD)の概要
・胃内容物(主に胃酸)が食道へ逆流することで、不快な症状や食道粘膜傷害を生じる病態の総称である。 ・病型:逆流性食道炎(内視鏡で粘膜傷害あり)と、NERD(非びらん性胃食道逆流症:症状はあるが内視鏡で粘膜傷害なし)。
病態
・下部食道括約筋(LES)の機能低下:LES圧の低下や、嚥下と無関係に起こる一過性LES弛緩(TLESR)。 ・食道裂孔ヘルニア:胃の一部が横隔膜の食道裂孔から胸腔側へ脱出し、逆流防止機構が弱まる。 ・食道の酸排出能(クリアランス)の低下、胃排出の遅延、腹圧の上昇(肥満、前かがみ姿勢)なども関与する。 ・増悪因子:高脂肪食、過食、アルコール、喫煙、就寝直前の食事、肥満、加齢など。
症状
・定型症状:胸やけ、呑酸 ・非定型症状:非心臓性胸痛、慢性咳嗽、喘息の悪化、咽喉頭異常感、嗄声など
検査
・上部消化管内視鏡:粘膜傷害の程度はロサンゼルス分類(グレードN、M、A〜D)で評価する。Barrett食道や癌の有無も確認する。 ・食道pHモニタリング(24時間)、インピーダンス・pHモニタリング:酸逆流の客観的証明と症状との関連の評価。 ・食道内圧検査:LES圧や食道の蠕動を評価する。手術前や運動障害の除外に用いる。 ・PPIテスト:プロトンポンプ阻害薬を短期間投与して症状が改善するかをみる、簡便な診断的治療。
治療
・生活習慣の改善:減量、就寝前2〜3時間は食事を避ける、就寝時に上半身を挙上する、禁煙・節酒など。 ・薬物療法:酸分泌抑制薬のプロトンポンプ阻害薬(PPI)やカリウムイオン競合型アシッドブロッカー(P-CAB:ボノプラザン)が第一選択。H2受容体拮抗薬、消化管運動改善薬、制酸薬などを補助的に用いる。 ・難治例や長期の薬物依存を避けたい例では、腹腔鏡下噴門形成術(Nissen法など)が検討される。
合併症
・食道狭窄、出血、Barrett食道(食道下部の扁平上皮が円柱上皮に置き換わった状態)、Barrett食道腺癌。
POINT
・胸やけと呑酸はGERDの定型症状であり、酸分泌抑制薬で改善し中止で再発する経過はGERDを支持する。 ・内視鏡は粘膜傷害(逆流性食道炎)の評価、24時間食道pHモニタリングは酸逆流そのもの(病態)の証明に用いる。 ・内視鏡で異常がないNERDの診断や、治療抵抗例・手術適応の判断で食道pHモニタリングが特に有用である。 ・他の検査の用途:唾液分泌検査はSjögren症候群、嚥下機能検査は嚥下障害、胃排出能検査は胃不全麻痺など、ICG試験は肝予備能。
