咳が出ない息苦しさ―「咳受容体」から読み解く過換気症候群
第100回医師国家試験 E問題 第16問
国試問題にチャレンジ
咳を伴わないのはどれか。
- a.胸膜炎
- b.気管支喘息
- c.過換気症候群
- d.慢性副鼻腔炎
- e.うっ血性心不全
対話形式の解説
ドクター
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ドクターまとめ
咳は、喉頭・気管・気管支や胸膜などに分布する咳受容体が刺激され、迷走神経を介して延髄の咳中枢が反応する防御反射です。胸膜炎は胸膜の刺激による乾性咳嗽と胸膜痛、気管支喘息は気道の慢性炎症と狭窄、慢性副鼻腔炎は後鼻漏や副鼻腔気管支症候群、うっ血性心不全は肺うっ血・肺水腫による刺激と、いずれも咳受容体を刺激する器質的機序をもちます。一方、過換気症候群は心理的契機などで呼吸が過剰となる機能的病態で、気道や胸膜に病変がないため咳を伴わず、呼吸性アルカローシスによるしびれやテタニー様症状、めまいなどを呈します。治療は安心させて呼吸を整えることが基本で、紙袋再呼吸法は推奨されず、肺塞栓症など器質的疾患の除外が重要です。症状を発生機序から理解する姿勢は、丸暗記に頼らない鑑別診断の基礎となります。
解答・解説
正解はcです
咳嗽(せき)は、気道や胸膜などに分布する咳受容体が刺激され、その情報が迷走神経を介して延髄の咳中枢に伝わることで起こる防御反射である。咳受容体は喉頭・気管・気管支の粘膜に最も密に分布し、ほかに胸膜、外耳道、横隔膜、心膜などにも存在する。したがって、咳を伴うかどうかを考えるには「気道・胸膜などの咳受容体を刺激する病変があるか」を確認すればよい。 本問の選択肢を見ると、胸膜炎は胸膜の炎症、気管支喘息は下気道の慢性炎症と狭窄、慢性副鼻腔炎は後鼻漏や下気道炎症の合併、うっ血性心不全は肺うっ血・肺水腫による気道や肺間質の刺激と、いずれも咳受容体を刺激する器質的な機序をもつ。一方、過換気症候群は心理的ストレスなどを契機に呼吸が過剰になる機能的な病態であり、気道や胸膜に病変はない。そのため咳は症状として現れない。 このように、「器質的病変が咳受容体を刺激するか」という視点で各疾患を整理すると、咳を伴わないのは過換気症候群と判断できる。
選択肢考察
- ×a. 胸膜炎
胸膜にも咳受容体が存在するため、胸膜の炎症によって咳が生じうる。痰を伴わない乾性咳嗽(からぜき)が典型で、呼吸や咳で増強する胸痛(胸膜痛)を伴うのが特徴である。急性の経過で胸水が大量にたまると、肺が圧排されて呼吸困難も出現する。咳を伴いうる疾患であり、本問の答えではない。
- ×b. 気管支喘息
気管支喘息は気道の慢性炎症を基盤とし、気道過敏性の亢進と可逆性の気道狭窄をきたす疾患である。発作時には喘鳴(ゼーゼー、ヒューヒューという呼吸音)、呼吸困難、咳、痰がみられる。咳は夜間から早朝に悪化しやすい。喘鳴を伴わず咳だけが続く病型は咳喘息と呼ばれ、慢性咳嗽の代表的な原因である。咳を伴う疾患であり、答えではない。
- ○c. 過換気症候群
過換気症候群は、不安や心理的ストレスなどを契機に発作的に呼吸が過剰となり、二酸化炭素が過剰に排出されて呼吸性アルカローシスをきたす機能的な病態である。気道や胸膜に器質的な病変はないため、咳受容体が刺激されることはなく、咳は伴わない。症状は、息苦しさ(空気が足りない感じ)、動悸、手指や口周囲のしびれ、テタニー様の手指の硬直(助産師の手位)、頭痛、めまいなどで、ときに意識障害に至ることもある。これらはアルカローシスによる血中イオン化カルシウムの低下や脳血管収縮によって説明される。したがって咳を伴わないのはこの疾患であり、正解である。
- ×d. 慢性副鼻腔炎
慢性副鼻腔炎では、副鼻腔から咽頭へ流れ落ちる鼻汁(後鼻漏)が咽頭・喉頭を刺激して咳を起こす。また、慢性副鼻腔炎に慢性気管支炎、気管支拡張症、びまん性汎細気管支炎などの下気道の慢性炎症を合併した状態を副鼻腔気管支症候群といい、膿性痰を伴う湿性咳嗽(痰を伴う咳)が長く続く。いずれにしても咳を伴う疾患であり、答えではない。
- ×e. うっ血性心不全
左心不全では肺静脈圧が上昇し、肺うっ血から肺水腫へ進む。間質や肺胞・気道に漏出した液体が咳受容体を刺激するため、咳嗽が出現する。夜間に臥位で増悪する発作性の呼吸困難や咳、喘鳴を心臓喘息と呼び、起座呼吸(座ると楽になる呼吸困難)も特徴的である。重症の肺水腫ではピンク色の泡沫状痰がみられる。咳を伴う疾患であり、答えではない。
咳嗽の機序
咳受容体(主に迷走神経の知覚枝末端)は喉頭・気管・太い気管支に多く、末梢気道ほど少ない。そのほか胸膜、外耳道、横隔膜、心膜、食道などにも分布する。刺激は迷走神経を経て延髄の咳中枢へ伝わり、声門閉鎖と呼気筋の強い収縮による爆発的な呼気が生じる。
乾性咳嗽と湿性咳嗽
・乾性咳嗽(痰を伴わない): 胸膜炎、間質性肺炎、咳喘息、アトピー咳嗽、ACE阻害薬の副作用、胃食道逆流症、マイコプラズマ肺炎など ・湿性咳嗽(痰を伴う): 細菌性肺炎、慢性気管支炎、気管支拡張症、副鼻腔気管支症候群、びまん性汎細気管支炎など
慢性咳嗽(8週間以上)の主な原因
咳喘息、アトピー咳嗽、副鼻腔気管支症候群、胃食道逆流症、感染後咳嗽、ACE阻害薬による咳、喫煙による慢性気管支炎などがある。
過換気症候群のポイント
動脈血ガスでは PaCO2 低下と pH 上昇(呼吸性アルカローシス)を示し、PaO2 は正常ないしやや高値となる。若年女性に多い。治療はまず安心させて呼吸をゆっくり整えさせることが基本で、必要に応じて抗不安薬を用いる。かつて行われた紙袋再呼吸法(ペーパーバッグ法)は、低酸素血症を招く危険があるため現在は推奨されない。
POINT
・咳は気道・胸膜などの咳受容体が刺激されて起こる反射である。 ・胸膜炎(乾性咳嗽+胸膜痛)、気管支喘息、慢性副鼻腔炎(後鼻漏・副鼻腔気管支症候群)、うっ血性心不全(心臓喘息・泡沫状痰)はいずれも咳を伴う。 ・過換気症候群は器質的病変のない機能的病態で咳は伴わない。症状は呼吸困難、しびれ、テタニー、めまいなどで、呼吸性アルカローシスを示す。
