外出血900mLでなぜショック?―産後の腹腔内出血が語る子宮破裂
第120回医師国家試験 C問題 第60問
国試問題にチャレンジ
43歳の女性。3妊3産(今回の分娩を含む)。妊娠39週2日,無痛分娩目的に入院した。35歳と38歳時に経腟分娩,40歳時に腹腔鏡下子宮筋腫核出術を受けている。分娩誘発し,経腟分娩1時間後,不穏症状を認めた。心拍数140/分,整。血圧68/36mmHg。SpO2 97%(room air)。分娩に伴う外出血量は900mL。腟鏡診では子宮内からの出血は少量であった。経腹超音波検査で子宮内に胎盤遺残や血液貯留を認めず,A,B,Cの領域に大量の液体貯留を認めた。 適切な処置はどれか。2つ選べ。

- a.輸血療法
- b.開腹止血術
- c.双手子宮圧迫
- d.子宮動脈塞栓術
- e.子宮腔内バルーンタンポナーデ
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
子宮手術既往(筋腫核出術を含む)、子宮収縮薬による分娩誘発、硬膜外鎮痛下という背景で、外出血に見合わない重症ショックとMorrison窩・脾周囲・Douglas窩の大量液体貯留を認めれば、子宮破裂による腹腔内出血を考えます。治療は、赤血球液に加え新鮮凍結血漿などで凝固因子も補う輸血療法と、開腹による破裂部修復または子宮摘出での止血を並行して進めます。双手子宮圧迫や子宮腔内バルーンタンポナーデは子宮腔内からの出血への処置であり、子宮動脈塞栓術も循環が破綻しかけた子宮破裂では開腹止血に優先しません。産後出血を4Tで整理し、出血源が子宮の内か外かで止血法を選ぶ考え方は、産科救急での迅速な判断の基礎となります。
解答・解説
正解はa, bです
所見の整理
・43歳の3経産婦(35歳・38歳時に経腟分娩)。40歳時に腹腔鏡下子宮筋腫核出術を受けており、今回は核出術後はじめての分娩である。子宮筋層に手術創(瘢痕)がある状態であり、子宮破裂のハイリスク妊婦にあたる。 ・無痛分娩(硬膜外麻酔による鎮痛)を目的に入院し、分娩誘発のうえ経腟分娩となった。硬膜外鎮痛下では子宮破裂に特徴的な強い腹痛が自覚されにくく、発見が遅れやすい。さらに分娩誘発(子宮収縮薬の使用)は子宮破裂の危険を高める因子である。 ・分娩1時間後に不穏が出現し、心拍数140/分、血圧68/36mmHgである。ショック指数(shock index:SI=心拍数÷収縮期血圧)は140÷68≒2.1であり、循環血液量の大部分を失いつつある重症の出血性ショックと判断できる。不穏は脳灌流低下を反映する危険な徴候である。 ・外出血量は900mLで、腟鏡診では子宮内からの出血は少量、経腹超音波でも子宮腔内に胎盤遺残や血液貯留はない。つまり、子宮腔から外へ流れ出る出血(弛緩出血、胎盤遺残、産道裂傷など)ではショックの重さを説明できない。 ・画像のA・B・Cは、FAST(focused assessment with sonography for trauma:外傷初期診療で行う迅速超音波検査)で観察する部位にあたり、Aは肝腎境界(Morrison窩)、Bは脾臓周囲(脾腎境界)、Cは膀胱直腸窩・子宮直腸窩(Douglas窩)である。これらすべてに大量の液体(エコーフリースペース)がみられることから、腹腔内に大量の出血が貯留していると考える。
診断
子宮手術既往・分娩誘発・硬膜外鎮痛という背景で、外出血に見合わない重症ショックと大量の腹腔内液体貯留を呈していることから、筋腫核出術瘢痕部などからの子宮破裂による腹腔内出血・出血性ショックと考えられる。 鑑別として、羊水塞栓症(分娩前後に急激な呼吸循環虚脱やDIC〈播種性血管内凝固〉を起こす)も産後ショックの原因となるが、本例ではSpO2が97%と保たれ、腹腔内に大量の液体があることから腹腔内出血の説明が優先される。異所性妊娠破裂は妊娠初期の疾患であり当てはまらず、卵巣腫瘍破裂・卵巣出血も既往や記載がなく考えにくい。
設問の考え方
治療の柱は、①失われた血液を補って循環を維持すること(輸血を中心とした蘇生)と、②出血源を外科的に直接止めることである。出血源は子宮の外側(腹腔内)であり、しかもバイタルサインが著しく不安定であるから、子宮腔内に作用する止血法や、準備と手技に時間のかかる血管内治療は選ばない。大量輸血を進めながら速やかに開腹し、破裂部の修復あるいは子宮摘出で止血する。
選択肢考察
- ○a. 輸血療法
ショック指数は約2.1で、日本産科婦人科学会などによる「産科危機的出血への対応指針」で産科危機的出血とする目安(SI 1.5以上)を大きく上回る。外出血900mLに加え腹腔内にも大量の出血があり、総出血量は相当な量に達していると推定される。直ちに産科危機的出血を宣言し、赤血球液に加えて新鮮凍結血漿(FFP)を早期から十分に投与する(妊産婦の大量出血では凝固因子、特にフィブリノゲンが急速に消費・希釈されて低下しやすいため)。必要に応じて血小板やフィブリノゲン製剤も補う。手術による止血と並行して行うべき処置であり、適切である。
- ○b. 開腹止血術
出血源は子宮破裂部であり、腹腔内に大量に出血している。腹腔内の出血は腟側からは処置できず、開腹して破裂部を直接確認し、縫合修復するか、修復困難・止血不能であれば子宮摘出術を行って止血する必要がある。血圧68mmHgと循環が破綻しかけた状態であり、輸血で時間を稼ぎながら直ちに手術へ進むべきである。適切である。
- ×c. 双手子宮圧迫
双手子宮圧迫は、腟内に入れた手と腹壁上の手で子宮体部を挟み込み、子宮筋の収縮不良による子宮腔内からの出血(主に弛緩出血)を物理的に抑える応急処置である。本例では子宮腔内からの出血は少量で、子宮内に血液貯留もない。出血は子宮の外(腹腔内)に起こっているため効果は期待できず、破裂した子宮を強く圧迫することはかえって損傷を広げる恐れもある。適切でない。
- ×d. 子宮動脈塞栓術
子宮動脈塞栓術(UAE:uterine artery embolization)は、カテーテルを子宮動脈まで進めて塞栓物質で血流を止める血管内治療で、子宮温存を図りながら弛緩出血などの産後出血を止める手段として有用である。しかし血管造影室の準備やカテーテル操作に時間を要し、基本的には輸血などである程度循環が保たれている症例が対象となる。本例のように重度の出血性ショックにある子宮破裂では、開腹による直接止血が優先されるため適切でない。
- ×e. 子宮腔内バルーンタンポナーデ
子宮腔内でバルーンを膨らませ、内側から子宮壁を圧迫して止血する方法で、弛緩出血や前置胎盤の胎盤剝離面からの出血など、子宮腔内に向かう出血に用いられる。本例では子宮腔内からの出血は少なく、出血は破裂部から腹腔内へ起こっている。子宮壁が破綻している状態でバルーンを拡張すると破裂部を押し広げる恐れもあり、子宮破裂は適応とならない。適切でない。
子宮破裂
・妊娠中・分娩中に子宮壁が裂ける病態で、母体・胎児とも生命に関わる。子宮筋層全層が断裂し腹腔と交通する完全破裂と、漿膜が保たれる不全破裂がある。 ・危険因子:帝王切開や子宮筋腫核出術などの子宮手術既往(瘢痕子宮)、子宮収縮薬による分娩誘発・促進、多産、巨大児、胎位異常、遷延分娩、鉗子・吸引分娩などの産科手術。核出術後は、筋腫が深く内膜近くに達していた場合や、縫合が不十分になりやすい腹腔鏡下手術後で注意が必要とされる。 ・症状:激しい腹痛、胎児心拍異常(多くは分娩中の最初の徴候となる)、陣痛の消失、胎児先進部の後退、ショック。外出血は少ないことがあり、出血量に見合わないショックが重要な手がかりとなる。硬膜外鎮痛中は腹痛が目立たないことがある。 ・本例のように分娩中に気づかれず、分娩後に腹腔内出血によるショックで発覚することもある。
産後出血の原因の整理(4T)
・Tone(子宮収縮不良:弛緩出血) ・Trauma(産道損傷:頸管・腟壁裂傷、子宮破裂、子宮内反など) ・Tissue(胎盤・卵膜の遺残、癒着胎盤) ・Thrombin(凝固障害:DIC、羊水塞栓症など) 子宮腔内からの出血(Tone、Tissue)には子宮収縮薬、双手圧迫、バルーンタンポナーデ、UAEなどが用いられ、子宮外への出血(子宮破裂など)には開腹手術が必要となる。
産科危機的出血への対応の要点
・ショック指数(SI=心拍数/収縮期血圧)は出血量の推定に役立ち、妊婦ではSI 1でおよそ1.5L、SI 1.5でおよそ2.5Lの出血と見積もられる。 ・SI 1.5以上、産科DICスコア8点以上、乏尿・末梢循環不全などの進行がみられれば産科危機的出血として、輸血(赤血球液・FFP・血小板など)と高次施設への搬送・止血処置を並行して進める。
FAST
心囊、Morrison窩、右胸腔、脾臓周囲、左胸腔、Douglas窩を順に観察し、液体貯留(出血)の有無を迅速に評価する方法である。もとは外傷診療の手技だが、産後の原因不明ショックで腹腔内出血を見つけるのにも有用である。
POINT
・子宮手術既往(筋腫核出術を含む)は子宮破裂の重要な危険因子である。 ・外出血に見合わない重症ショック+超音波で腹腔内大量液体貯留(Morrison窩・脾周囲・Douglas窩)→ 子宮破裂などによる腹腔内出血を考える。 ・硬膜外鎮痛下では腹痛が乏しく、子宮破裂の発見が遅れうる。 ・治療は輸血による蘇生と開腹止血(破裂部修復または子宮摘出)を並行して行う。 ・双手圧迫・子宮腔内バルーンは子宮腔内からの出血に対する処置であり、子宮破裂には用いない。UAEは循環動態が不安定な症例では開腹止血に優先しない。
