StudyMed医師国家試験

片眼のまぶしさと複視が示す「トルコ鞍の横」―海綿静脈洞部内頸動脈瘤はカテーテルで治す

第117回医師国家試験 D問題 第18問

国試問題にチャレンジ

第117回 D問題 第18問

66歳の女性。左方視時の複視と羞明を主訴に来院した。1か月前から複視を自覚し,2日前から左眼の羞明が出現したため受診した。意識は清明。体温36.4℃。脈拍72/分,整。血圧128/86mmHg。呼吸数14/分。頭部単純MRI T2強調像(A)と選択的左内頸動脈造影側面像(B)を示す。  この患者の治療で正しいのはどれか。

第117回 D問題 第18問の問題画像
  1. a.血管内治療
  2. b.抗血小板薬投与
  3. c.定位放射線治療
  4. d.ブロモクリプチン投与
  5. e.経蝶形骨洞的腫瘍摘出術

対話形式の解説

ドクタードクター
今回は、眼の症状から病変の場所を突き止め、画像で正体を確かめたうえで治療法を選ぶ問題だ。カギは「どの脳神経が障害されているか」と「それらの神経がどこで集まっているか」。まずは症状の解釈から始めよう。左を見たときに物が二重に見える、というのはどの筋の問題が考えられるかな。
医学生医学生
左を見るときは左眼の外直筋と右眼の内直筋が働くので、左の外転神経麻痺か右の動眼神経麻痺でしょうか。
ドクタードクター
その通り。では、左眼だけがまぶしいという訴えはどう解釈する?
医学生医学生
まぶしさと聞くと、角膜炎のような眼科的な問題を考えてしまいました。
ドクタードクター
眼科疾患も鑑別にはなるけれど、神経の目で見ると「片眼の瞳孔が開いて光が入りすぎている」状態と考えられる。瞳孔を縮める副交感神経線維は動眼神経に含まれるから、左動眼神経の障害による散瞳が疑われるわけだ。しかもこの瞳孔線維は神経の表層を走るので、外からの圧迫で早くから障害されやすい。
医学生医学生
すると左の外転神経と左の動眼神経が両方障害されている。神経解剖の講義で習った、複数の脳神経がまとまって通る場所ということですね。
ドクタードクター
そう、トルコ鞍の両側にある海綿静脈洞だ。中を内頸動脈と外転神経が通り、外側壁を動眼神経、滑車神経、三叉神経第1・2枝が走る。外転神経は内頸動脈のすぐ外側を走るので、とくに圧迫を受けやすい。1か月かけてじわじわ進んでいることから、占拠性病変による圧迫を考えたい。
医学生医学生
トルコ鞍の近くの腫瘤というと、真っ先に下垂体腺腫が浮かびます。
ドクタードクター
そこが今回の落とし穴だ。MRIのT2強調像では左の傍鞍部に境界明瞭な類円形の病変があり、内部の信号が不均一。血流による無信号(flow void)や、乱流・緩徐な流れによる信号が混在していると考えられる。そして左内頸動脈造影では、サイフォン部から連続して造影される大きな嚢状の膨らみがある。つまり腫瘍ではなく、海綿静脈洞部の大型内頸動脈瘤なんだ。
医学生医学生
内頸動脈と一続きに造影されるなら、血管そのものということですね。治療は開頭クリッピングでしょうか。
ドクタードクター
脳神経の圧迫症状が出ている症候性の未破裂動脈瘤は、増大や破裂のリスクが高い状態と考えられ、治療の適応になる。ただ、海綿静脈洞部は頭蓋底の骨と静脈洞に囲まれていて、開頭クリッピングは非常に難しい。そこでカテーテルによる血管内治療が選ばれる。大型の内頸動脈瘤では、目の細かいステントで親血管の血流を整えて瘤内を血栓化させるフローダイバーターが広く使われ、ほかにコイル塞栓術や、側副血行を確認したうえでの親動脈閉塞がある。
医学生医学生
抗血小板薬はどうでしょう。脳神経外科の実習で、ステントを入れた患者さんが抗血小板薬を2剤飲んでいたのを覚えています。
ドクタードクター
よく見ているね。ステントやフローダイバーターを留置するときは、ステント内の血栓を防ぐために周術期に抗血小板薬を併用する。でもそれは血管内治療に付随する補助的な投薬で、抗血小板薬そのものに動脈瘤を閉塞・縮小させる作用はない。単独では治療にならないんだ。
医学生医学生
定位放射線治療は、脳動静脈奇形には効くと習いました。動脈瘤には使えないんですか。
ドクタードクター
AVMでは照射後数年かけて異常血管が閉塞していくけれど、動脈瘤は照射しても閉塞・縮小せず、治療法として確立していない。ガンマナイフなどの対象はAVMや小型の聴神経鞘腫、転移性脳腫瘍などだと整理しておこう。
医学生医学生
ドパミン作動薬や経蝶形骨洞手術は、下垂体腺腫を想定した治療ですよね。
ドクタードクター
そう。ブロモクリプチンはプロラクチノーマなどに使うドパミン作動薬で、現在のプロラクチノーマ治療ではカベルゴリンが第一選択だ。経蝶形骨洞手術は鼻腔から蝶形骨洞を経てトルコ鞍に到達する術式。もし動脈瘤を腫瘍と誤認してこの経路で到達すれば、致命的な大出血を招きかねない。だから傍鞍部の腫瘤では、手術前に必ず動脈瘤を除外することが大切なんだ。
医学生医学生
「トルコ鞍の横の丸い影は下垂体腺腫」と決めつけるのは危険ということですね。
ドクタードクター
その通り。発展として、散瞳を伴う動眼神経麻痺の代表である内頸動脈-後交通動脈分岐部の動脈瘤も押さえておこう。急に出現した散瞳を伴う動眼神経麻痺は切迫破裂の徴候として緊急の対応が必要になる。一方、糖尿病などによる虚血性の動眼神経麻痺では瞳孔が保たれやすく、pupil sparingと呼ばれる。
医学生医学生
海綿静脈洞部の動脈瘤が破裂したら、くも膜下出血になるんですか。
ドクタードクター
この部位は硬膜外にあるのでくも膜下出血は起こしにくく、破裂すると内頸動脈海綿静脈洞瘻を生じることがある。拍動性眼球突出、結膜充血・浮腫、血管雑音、眼球運動障害が特徴だ。眼の症状から海綿静脈洞を思い浮かべられると、救急外来でも必ず役に立つよ。

まとめ

左方視時の複視は左外転神経麻痺、片眼の羞明は動眼神経の瞳孔線維障害による散瞳と解釈でき、両者が同時に障害される部位として左海綿静脈洞の病変が推定されます。MRIで不均一な信号を示す傍鞍部の類円形病変が内頸動脈造影で内頸動脈と連続して造影されることから、海綿静脈洞部の大型内頸動脈瘤と診断できます。症候性の未破裂動脈瘤は治療適応であり、開頭術での到達が難しいこの部位では、フローダイバーター留置やコイル塞栓術などの血管内治療が選択されます。抗血小板薬・放射線治療・ドパミン作動薬では動脈瘤は縮小せず、下垂体腺腫と誤認して経蝶形骨洞手術を行えば大出血を招きうるため、傍鞍部腫瘤では動脈瘤の除外が欠かせません。眼症状から障害神経を同定し、解剖学的に病変部位を絞り込む考え方は、神経診察全般の基本となります。

解答・解説

正解はaです

症状から障害部位を推定する

66歳の女性が、1か月前からの左方視時の複視と、2日前からの左眼の羞明を訴えている。意識清明で、バイタルサインに異常はない。 ・左方視時の複視:左を見るときには、左眼の外直筋(外転神経支配)と右眼の内直筋(動眼神経支配)が働く。したがって左外転神経麻痺か右動眼神経麻痺が候補となる。 ・左眼の羞明:片眼だけまぶしく感じるのは、瞳孔が開いて眼に入る光が増えた状態(散瞳)で説明できる。瞳孔を縮める副交感神経線維は動眼神経に含まれるため、左動眼神経の障害による散瞳が考えられる。 左外転神経と左動眼神経が同時に、しかも1か月かけて徐々に障害されているとすれば、両神経が近接して走る部位、すなわち左海綿静脈洞(トルコ鞍の両側にある静脈洞で、内頸動脈と動眼・滑車・外転神経、三叉神経第1・2枝が通る)の病変が推定される。外転神経は海綿静脈洞の中を内頸動脈のすぐ外側に沿って走るため、この部位の圧迫で最も早く障害されやすい。経過が亜急性で症状が持続していることから、重症筋無力症やFisher症候群のような病態よりも、占拠性病変による圧迫を考える。

画像所見

・頭部MRI T2強調像(A):左のトルコ鞍側方(海綿静脈洞部)に、境界明瞭な類円形の病変がある。内部の信号は不均一で、動脈瘤内の血流による信号低下(flow void)や乱流・緩徐な血流による信号の混在を反映していると考えられる。 ・左内頸動脈造影側面像(B):内頸動脈のサイフォン部(海綿静脈洞部)に、内頸動脈と連続して造影される大きな嚢状の動脈瘤を認める。血栓化した部分は目立たず、内腔全体がよく造影されている。 以上より、左内頸動脈海綿静脈洞部の大型動脈瘤が、海綿静脈洞内の脳神経を圧迫して症状を起こしている(海綿静脈洞症候群)と診断できる。

治療の考え方

本例は神経症状を伴う症候性の未破裂脳動脈瘤である。脳神経の圧迫症状が出現している動脈瘤は、増大傾向や破裂のリスクが高い状態と考えられ、治療の適応となる。海綿静脈洞部の動脈瘤は頭蓋底の骨と静脈洞に囲まれており、開頭手術によるクリッピングは非常に難しいため、カテーテルを用いた血管内治療が選択される。具体的には、フローダイバーター(目の細かいステントで親血管の血流を整え、動脈瘤内への流入を減らして血栓化させる器具)の留置、コイル塞栓術、側副血行を確認したうえでの親動脈閉塞などがある。動脈瘤を薬物や放射線で縮小させることはできない。

選択肢考察

  1. ○a.  血管内治療

    症候性の未破裂脳動脈瘤は治療の適応であり、海綿静脈洞部は開頭術で到達しにくい部位であるため、カテーテルによる血管内治療が第一に選択される。大型の内頸動脈瘤ではフローダイバーター留置が広く用いられ、ほかにコイル塞栓術や、バルーン閉塞試験で側副血行が十分と確認できた場合の親動脈閉塞が行われる。動脈瘤への血流を遮断して破裂や増大を防ぎ、脳神経への圧迫(拍動による刺激)を軽減することで、複視などの症状の改善も期待できる。

  2. ×b.  抗血小板薬投与

    抗血小板薬はアテローム血栓性脳梗塞や一過性脳虚血発作などの再発予防に用いる薬剤である。動脈瘤そのものを縮小・閉塞させる作用はなく、単独では本例の治療にならない。なお、ステントやフローダイバーターを留置する血管内治療では、ステント内の血栓形成を防ぐために周術期に抗血小板薬を併用するが、これはあくまで血管内治療に付随する補助的な投薬である。

  3. ×c.  定位放射線治療

    定位放射線治療(ガンマナイフなど)は、病変に多方向から放射線を集中させる治療で、脳動静脈奇形(AVM)や小型の聴神経鞘腫・転移性脳腫瘍などが対象となる。AVMでは照射後数年かけて異常血管が閉塞するが、脳動脈瘤は照射しても閉塞・縮小せず、治療法として確立していない。

  4. ×d.  ブロモクリプチン投与

    ブロモクリプチンはドパミン受容体作動薬で、プロラクチン産生下垂体腺腫(プロラクチノーマ)や先端巨大症、高プロラクチン血症に用いられる(プロラクチノーマでは現在カベルゴリンが第一選択)。トルコ鞍近傍の腫瘤という点で下垂体腺腫と紛らわしいが、本例は血管造影で動脈瘤と確認されており、適応はない。

  5. ×e.  経蝶形骨洞的腫瘍摘出術

    経蝶形骨洞手術は、鼻腔から蝶形骨洞を経由してトルコ鞍に到達する術式で、下垂体腺腫やRathke嚢胞などのトルコ鞍内病変が対象である。本例の病変は腫瘍ではなく内頸動脈瘤であり、腫瘍と誤認して到達すれば致命的な大出血を招きうる。傍鞍部腫瘤では、手術前に必ず動脈瘤を除外することが重要である。

海綿静脈洞の解剖と海綿静脈洞症候群

・海綿静脈洞はトルコ鞍の両側にある静脈洞で、内部を内頸動脈と外転神経(Ⅵ)が通り、外側壁を上から動眼神経(Ⅲ)、滑車神経(Ⅳ)、三叉神経第1枝(眼神経、V1)、第2枝(上顎神経、V2)が走る。 ・この部位の病変(動脈瘤、腫瘍、炎症、海綿静脈洞血栓症、内頸動脈海綿静脈洞瘻など)では、複数の眼球運動障害、眼瞼下垂、散瞳、顔面上部の感覚障害などが組み合わさって出現する。

動眼神経麻痺と脳動脈瘤

・動眼神経の瞳孔線維(副交感神経)は神経の表層を走るため、外からの圧迫では早期から散瞳(瞳孔不同)が出やすい。散瞳を伴う動眼神経麻痺は動脈瘤による圧迫をまず疑う。 ・急性の散瞳を伴う動眼神経麻痺の代表は、内頸動脈-後交通動脈分岐部(IC-PC)動脈瘤であり、切迫破裂の徴候として緊急の対応が必要である。 ・一方、糖尿病などによる虚血性の動眼神経麻痺では、瞳孔線維が保たれ散瞳を伴わないことが多い(pupil sparing)。

海綿静脈洞部内頸動脈瘤の特徴

・中年以降の女性に多く、大型〜巨大(25mm以上)のものも多い。 ・硬膜外(静脈洞内)に位置するため、破裂してもくも膜下出血は起こしにくい。破裂すると内頸動脈海綿静脈洞瘻(CCF)を生じ、拍動性眼球突出、結膜充血・浮腫、血管雑音、眼球運動障害をきたす。 ・巨大動脈瘤は内部に乱流や血栓化を伴いやすく、MRIでは流れの速い部分がflow void(無信号)、遅い部分や血栓が種々の信号を示して不均一になる。

未破裂脳動脈瘤の治療適応の目安

・大きさ5〜7mm以上、症候性(脳神経圧迫など)、不整形・ブレブ(娘嚢)を有する、増大傾向、前交通動脈や後交通動脈など破裂しやすい部位、などでは治療を検討する。 ・治療法:開頭クリッピング術、血管内治療(コイル塞栓術、ステント併用コイル塞栓術、フローダイバーター留置)、親動脈閉塞(必要に応じてバイパス術を併用)。

POINT

・左方視時の複視(左外転神経麻痺)+左眼の羞明(左動眼神経麻痺による散瞳)→ 複数の脳神経がまとまって障害される左海綿静脈洞病変を考える。 ・海綿静脈洞内を通るのはⅢ・Ⅳ・V1・V2・Ⅵと内頸動脈。外転神経は静脈洞内を走り障害されやすい。 ・傍鞍部の腫瘤では、下垂体腺腫と決めつけず内頸動脈瘤を必ず鑑別する。 ・症候性未破裂動脈瘤は治療適応。海綿静脈洞部は開頭術が困難なため血管内治療(フローダイバーター、コイル塞栓など)を選ぶ。 ・動脈瘤は抗血小板薬・放射線・ドパミン作動薬では縮小しない。

※問題・正答は厚生労働省の公開資料をもとに掲載しています。