「解剖しないと書類が出ない」は禁句―病理解剖の説明で遺族に伝えるべきこと
第115回医師国家試験 C問題 第48問
国試問題にチャレンジ
78歳の女性。原因不明の発熱が続くため入院した。原因精査が進められる一方で病状は悪化し,入院7日目に敗血症性ショックで死亡した。担当医は家族に病理解剖の説明をし,承諾を求めることにした。 家族への説明として正しいのはどれか。
- a.「ご遺体は火葬した後にお返しします」
- b.「死因の究明が病理解剖の主な目的です」
- c.「摘出した臓器は病院で永久に保管します」
- d.「ご遺体は病理解剖後1か月間病院でお預かりします」
- e.「病理解剖を行わないと死亡診断書が発行できません」
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
病理解剖は、病院で病死した患者について死因を究明することを主な目的とし、臨床診断の妥当性や治療効果、合併症の評価を通じて医療の質の向上や教育にも役立ちます。死体解剖保存法に基づき遺族の承諾が必要で、解剖範囲の限定にも応じられ、ご遺体は解剖終了後すみやかに遺族へ返されます。臓器は永久保管が前提ではなく、標本として長期保存する場合には別途承諾が必要です。死亡診断書は解剖の有無に関係なく発行でき、その発行を解剖承諾の条件にすることは任意性を損なう重大な倫理的問題です。正確で圧力のない説明は、遺族の信頼を守り、解剖から得られる知見を医療に還元するための前提となります。
解答・解説
正解はbです
症例の整理
・78歳女性。原因のはっきりしない発熱が続き入院した。 ・精査の途中で状態が悪化し、入院7日目に敗血症性ショックで亡くなった。 ・担当医が家族に病理解剖について説明し、承諾を得ようとしている場面である。
何が分かっていて、何が分かっていないか
直接の死因が敗血症性ショック、つまり感染症による循環不全であることは臨床的に分かっている。一方で、どこの臓器の何の感染が発端だったのか(感染源・原因微生物)、背景に悪性腫瘍や膠原病などの基礎疾患があったのか、といった死に至った経過の根本は生前に突き止められていない。病死であることは明らかなので、行うのは犯罪捜査や死因不明死を対象とする法医解剖ではなく、病院で亡くなった患者を対象とする病理解剖である。
設問の考え方
病理解剖の目的と手続き(死体解剖保存法に基づく遺族の承諾、遺体の扱い、臓器の扱い、死亡診断書との関係)を正しく理解しているかが問われている。遺族は大切な人を亡くした直後であり、説明は正確で、かつ遺族に誤解や心理的圧力を与えない内容でなければならない。本症例では、生前に解明できなかった病態の全体像、すなわち死因の究明こそが病理解剖を依頼する最大の理由になる。
選択肢考察
- ×a. 「ご遺体は火葬した後にお返しします」
誤り。病理解剖は院内の解剖室で数時間程度で終わり、切開部は丁寧に縫合し、体を清めたうえで、解剖が終わればすぐにご遺体を遺族へ返す。火葬は遺族が通常の葬儀の流れの中で行うものであり、病院が火葬してから返すことはない。このような説明は遺族に誤解と不安を与え、承諾の妨げにもなる。
- ○b. 「死因の究明が病理解剖の主な目的です」
正しい。病理解剖は、病院で亡くなった患者について、肉眼所見と組織所見から病態を明らかにし、死因を究明することを第一の目的とする。本症例では敗血症性ショックという直接死因は分かっているが、その原因となった感染巣や基礎疾患は不明のままであり、それを解明することが解剖の主眼となる。あわせて、生前の臨床診断が妥当だったか、治療がどの程度効果をあげていたか、合併症や生前に見逃されていた病変がなかったかを評価でき、医療の質の向上や医学教育・研究にも役立つ。遺族にとっても、亡くなった理由を知ることができるという意義がある。
- ×c. 「摘出した臓器は病院で永久に保管します」
誤り。解剖で取り出した臓器は、診断に必要な部分を切り出して組織標本(パラフィンブロックやプレパラート)を作製した後、一定期間保管し、その後は適切に処理(火葬・埋葬など)されるのが通常である。臓器そのものを永久に保管することが前提ではない。なお、医学の教育・研究のため臓器を標本として長期に保存する場合には、死体解剖保存法に基づき、その旨について別途遺族の承諾を得る必要がある。
- ×d. 「ご遺体は病理解剖後1か月間病院でお預かりします」
誤り。ご遺体は解剖終了後すみやかに遺族へ返す。通夜や葬儀の予定に大きな支障が出ないよう配慮して行われるものであり、1か月も病院が預かることはない。顕微鏡による組織検査の結果が出るまでには時間がかかるが、それは採取した組織で行うものであり、ご遺体を留め置く理由にはならない。
- ×e. 「病理解剖を行わないと死亡診断書が発行できません」
誤り。死亡診断書は、診療していた医師が死因を判断して作成するものであり、解剖の有無とは関係なく発行できる。死亡診断書には「解剖」の欄があり、解剖を行わなければ「無」を選んで記載すればよい。死亡診断書がなければ遺族は市区町村へ死亡届を出せず、火葬や埋葬もできないため、その発行を条件に解剖を迫ることは事実上の強制であり、承諾の任意性を損なう重大な倫理的問題となる。
解剖の種類
・系統解剖:医学生・歯学生の教育として人体の正常構造を学ぶための解剖。献体による。 ・病理解剖:病院で病死した患者を対象に、死因、病態、臨床診断の妥当性、治療効果、合併症などを明らかにする解剖。遺族の承諾のもとで行う。 ・法医解剖:犯罪や事故が疑われる死体、死因不明の死体などを対象とする解剖。刑事訴訟法に基づく司法解剖、監察医制度による行政解剖、死因・身元調査法に基づく解剖(いわゆる調査法解剖)、遺族の承諾による承諾解剖などがある。
病理解剖の手続きと実際
・死体解剖保存法に基づき、原則として遺族の承諾が必要である。実務上は承諾書による書面同意を得る。 ・遺族の希望に応じ、解剖の範囲(例:頭部は行わない、胸腹部のみ)を限定することができる。 ・皮膚切開は着衣で見えにくい位置に置き、終了後は縫合して体を整え、すぐに遺族へ返す。 ・肉眼所見の速報は当日中に伝えられることが多いが、組織検査を含めた最終診断には数週〜数か月かかる。結果は臨床医と病理医が症例を検討する場(CPC:臨床病理検討会)などで共有され、医療の質の向上や教育に活かされる。 ・解剖の過程で犯罪と関係のある異状を認めた場合、解剖した者は24時間以内に所轄警察署長へ届け出なければならない(死体解剖保存法)。
死亡診断書との関係
・死亡診断書の発行は解剖の有無と無関係である。解剖を行った場合は「有」とし、主要所見を記載する。 ・死亡診断書(または死体検案書)は死亡届に添付され、死亡届の提出は火葬許可の前提となる。
POINT
・病理解剖の主目的は死因の究明であり、臨床診断の妥当性・治療効果・合併症の評価にもつながる。 ・死体解剖保存法により遺族の承諾が必要(書面で得る)。範囲の限定にも応じられる。 ・ご遺体は解剖終了後すみやかに遺族へ返す。病院で火葬したり長期間預かったりしない。 ・臓器を永久に保管するのが前提ではなく、標本として保存する場合は別途承諾が要る。 ・死亡診断書は解剖しなくても発行でき、その発行を解剖承諾の条件にしてはならない。
