「減らす」は誘因にならない―肝性脳症を引き起こす5つの引き金と1つの例外
第115回医師国家試験 B問題 第24問
国試問題にチャレンジ
肝硬変患者の肝性脳症の誘因とならないのはどれか。
- a.感染
- b.脱水
- c.便秘
- d.蛋白制限
- e.消化管出血
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
肝性脳症は、肝機能低下と門脈-大循環シャントにより腸管由来のアンモニアが十分に処理されずに脳へ達して起こる精神神経症状です。誘因は「アンモニアを増やすもの」と「脳の感受性を高めるもの」に整理でき、消化管出血・便秘・高蛋白食は腸でのアンモニア産生を、感染は蛋白異化と脳の感受性を、脱水は腎機能低下や低カリウム血症・代謝性アルカローシスを介して脳症を悪化させます。鎮静薬・睡眠薬も重要な誘因です。一方、蛋白制限は腸でのアンモニア産生を減らす治療側の手段ですが、長期の過度な制限はサルコペニアを招くため、短期間にとどめBCAA製剤で栄養を確保するのが現在の考え方です。誘因を見つけて取り除く姿勢は、肝硬変患者の全身管理の基本となります。
解答・解説
正解はdです
肝性脳症は、肝機能の高度低下や門脈-大循環短絡(シャント)のために、腸管由来の神経毒性物質(代表がアンモニア)が肝臓で十分に処理されずに全身循環へ入り、意識障害や羽ばたき振戦などの精神神経症状を起こす病態である。 肝硬変患者では、普段は代償されていても、何らかのきっかけ(誘因)でアンモニア負荷が増えたり、脳の感受性が高まったりすると顕在性の肝性脳症が出現する。誘因は大きく次のように整理できる。 ・腸管内でのアンモニア産生の増加: 便秘、消化管出血、蛋白質の過剰摂取 ・体内での蛋白異化の亢進: 感染、手術、消化管出血 ・循環・電解質の異常: 脱水、利尿薬の過量、下痢・嘔吐、低カリウム血症、代謝性アルカローシス、腎機能低下 ・中枢神経に作用する薬剤: ベンゾジアゼピン系などの鎮静薬・睡眠薬 したがって、設問の「誘因とならないもの」を選ぶには、上記のいずれにも当てはまらず、むしろアンモニア産生を抑える方向に働くものを探せばよい。蛋白制限は腸内でのアンモニア産生源を減らす介入であり、肝性脳症の治療・予防として用いられてきた手段である。
選択肢考察
- ×a. 感染
誘因となる。感染症では発熱や炎症性サイトカインの作用で筋蛋白などの異化が進み、体内のアンモニア産生が増える。さらに炎症そのものが血液脳関門の透過性や脳の感受性を高め、同じアンモニア濃度でも脳症が出やすくなる。肝硬変患者は免疫能が低下しており、特発性細菌性腹膜炎(SBP: 腹水に明らかな原因なく細菌感染を生じる病態)や尿路感染、肺炎を起こしやすい。原因不明の脳症悪化を見たら、まず感染の検索(腹水穿刺を含む)を行う。
- ×b. 脱水
誘因となる。肝硬変では低アルブミン血症や腹水のため、もともと有効循環血液量が減りやすい。利尿薬の使い過ぎや下痢・嘔吐、大量の腹水排液などで脱水が加わると、腎血流が低下して腎機能が悪化し(肝腎症候群の誘発にもつながる)、アンモニアを含む窒素代謝物の排泄が滞る。また脱水に伴いやすい低カリウム血症や代謝性アルカローシスは、腎でのアンモニア産生を増やし、血中で脳へ移行しやすい非イオン型アンモニア(NH3)の比率も高める。
- ×c. 便秘
誘因となる。腸内容物が長く大腸に停滞すると、腸内細菌(ウレアーゼ産生菌など)が蛋白質や尿素を分解する時間が延び、腸管で産生・吸収されるアンモニアが増える。このため肝性脳症の治療・予防では、ラクツロースなどの合成二糖類で排便を促し腸内を酸性化して、アンモニアの産生と吸収を抑えることが基本となる。
- ○d. 蛋白制限
誘因とならない。アンモニアの主な発生源は、腸管内で腸内細菌が食事中の蛋白質(アミノ酸)を分解することである。蛋白質の摂取を制限すれば腸管でのアンモニア産生が減るため、蛋白制限は肝性脳症を起こす方向ではなく、抑える方向に働く。従来から肝性脳症の急性期や蛋白不耐症のある患者に用いられてきた食事療法である。ただし現在は、長期にわたる過度の蛋白制限は低栄養やサルコペニア(骨格筋量・筋力の低下)を招き、かえって予後を悪化させると考えられている。骨格筋もアンモニアを処理する臓器であるため、筋肉量の減少は高アンモニア血症の悪化要因にもなる。このため制限は必要な時期に短期間とし、分岐鎖アミノ酸(BCAA)製剤の併用などで必要な蛋白・エネルギー量を確保する方針がとられる。
- ×e. 消化管出血
誘因となる。食道・胃静脈瘤破裂などで消化管内に出血すると、血液中の大量の蛋白質(ヘモグロビンなど)が腸内細菌に分解され、腸管で多量のアンモニアが産生される。いわば高蛋白食を一度に摂取したのと同じ状態になる。加えて、出血による循環血液量の減少は肝血流を低下させて肝機能を悪化させ、腎機能低下も招く。輸血・吸収された血液成分の処理も窒素負荷となる。肝硬変では静脈瘤出血が多く、脳症の誘因として極めて重要である。
肝性脳症の機序
腸管で産生されたアンモニアは、通常は門脈を経て肝臓の尿素回路で尿素に変換され無毒化される。肝硬変では、肝細胞の機能低下に加えて門脈圧亢進に伴う側副血行路(シャント)のために、アンモニアが肝臓を通らずに全身循環へ流入する。脳ではアストロサイトがアンモニアをグルタミンに変換して処理するが、グルタミンの蓄積によりアストロサイトが膨化し、神経伝達の障害が生じる。アンモニア以外に、偽性神経伝達物質、GABA系の亢進、芳香族アミノ酸の増加なども関与するとされる。
臨床像
意識障害(昏睡度I〜V度で評価)、羽ばたき振戦、見当識障害、昼夜逆転、肝性口臭などがみられる。明らかな症状はないが神経心理検査で異常が出る状態を不顕性(ミニマル)肝性脳症と呼び、自動車運転などで事故のリスクが高まる。
主な誘因
消化管出血、便秘、蛋白質の過剰摂取、感染症、脱水、利尿薬の過量投与、電解質異常(低カリウム血症・代謝性アルカローシス)、腎機能障害、鎮静薬・睡眠薬の使用、手術、門脈-大循環シャントの形成やTIPS(経頸静脈的肝内門脈大循環シャント術)など。
治療の基本
・誘因の除去(出血の止血、感染の治療、脱水・電解質の補正、便秘の解消、原因薬の中止) ・合成二糖類(ラクツロース、ラクチトール): 排便促進と腸内の酸性化により、アンモニアの産生・吸収を抑える ・難吸収性抗菌薬(リファキシミン): アンモニア産生菌を減らす ・特殊組成アミノ酸輸液・BCAA製剤: アミノ酸バランス(Fischer比)の是正と栄養状態の維持 ・亜鉛の補充: 亜鉛欠乏は尿素回路の働きを低下させる ・食事療法: 急性期や蛋白不耐症では一時的に蛋白摂取を制限するが、長期の過度な制限は避け、BCAA製剤などで栄養を確保する ・難治例ではシャント閉塞術(BRTOなど)や肝移植が検討される
POINT
・肝性脳症の誘因は「アンモニアを増やすもの」と「脳の感受性を高めるもの」と覚える。 ・代表的誘因: 消化管出血、便秘、高蛋白食、感染、脱水・利尿薬過量、低カリウム血症・アルカローシス、鎮静薬。 ・蛋白制限は誘因ではなく治療側の手段。ただし長期の過度な制限はサルコペニアを招くため、BCAA製剤を併用し短期間にとどめるのが現在の考え方。 ・治療の柱は誘因除去、ラクツロース、リファキシミン、BCAA。
