派手な出血より「呼吸数」―START法で救える命を選ぶ災害トリアージ
第113回医師国家試験 E問題 第32問
国試問題にチャレンジ
大型バスを含む多重衝突交通事故により多数傷病者が発生した。救急隊に同行した医師が,救出された傷病者の現場救護所への搬送優先順位を決定することになった。現場にはすでに30名ほどの傷病者がおり,救出作業が続いている。救護所での医療資源は十分揃っていないという情報である。 次の傷病者のうち,救護所への搬送を最も優先すべきなのはどれか。
- a.歩行できず,呼吸数36/分である。
- b.歩行できるが,頭部から出血している。
- c.歩行できるが,強い腹痛を訴えている。
- d.歩行できるが,肘関節部に開放骨折を認め創が汚染している。
- e.開放性脳損傷があり,用手気道確保を行ったが呼吸を認めない。
対話形式の解説
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
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ドクター
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ドクターまとめ
医療資源が需要を上回る多数傷病者事故では、「救命の可能性があり、かつ緊急に治療が必要な傷病者」を最優先するトリアージが行われます。一次トリアージのSTART法では、歩行可能なら緑、気道確保後も無呼吸なら黒、呼吸数30回/分以上(日本では9回/分以下も含む)、橈骨動脈触知不能またはCRT2秒超、指示に従えない場合は赤、それ以外は黄と判定します。頭部出血や汚染した開放骨折、強い腹痛など見た目や訴えが目立っても、歩行できれば一次トリアージでは緑であり、歩けず頻呼吸の傷病者が最優先となります。ただしトリアージは繰り返し行うもので、腹腔内出血のように時間経過で悪化しうる病態は二次トリアージで区分が上がることがあります。平時とは異なる災害医療の価値基準と、生理学的指標で機械的に判定する考え方を理解することは、CSCATTTに基づく災害対応全体を学ぶ土台になります。
解答・解説
正解はaです
状況の整理
大型バスを含む多重衝突事故で、現場にはすでに約30名の傷病者がおり、なお救出が続いている。しかも救護所の医療資源は十分でない。つまり「傷病者の数・重症度」が「その場で使える医療資源」を上回っている状態であり、これは多数傷病者事故(MCI:mass casualty incident)、すなわち災害医療の状況にあたる。
平時の救急医療との違い
平時は目の前の一人ひとりに最善を尽くし、最重症者から全力で治療する。一方、資源が足りない災害時の目標は「限られた資源で、できるだけ多くの人を救命すること」に変わる。そのため、救命の可能性が高く、かつ治療をすぐに始めないと命にかかわる傷病者を最優先とし、すでに救命が見込めない傷病者や、待っても命に別状のない傷病者の優先度は下がる。この選別がトリアージ(triage)である。
一次トリアージ:START法
現場で多数の傷病者を短時間でふるい分ける一次トリアージには、START(Simple Triage And Rapid Treatment)法が広く用いられる。1人あたり30秒〜1分程度で、次の順に判定する。 1. 歩行できる → 緑(軽症、保留群) 2. 歩行できない場合、呼吸をみる。呼吸がなければ用手的に気道を確保し、それでも呼吸がなければ → 黒(死亡・救命困難群)。気道確保で呼吸が出現すれば → 赤 3. 呼吸数が30回/分以上(日本の運用では9回/分以下も含む)→ 赤(最優先治療群) 4. 循環:橈骨動脈を触知できない、または毛細血管再充満時間(CRT)が2秒を超える → 赤 5. 意識:簡単な指示に従えない → 赤 6. 上記のいずれにも当てはまらない → 黄(待機的治療群)
本問の考え方
各傷病者を上の手順に当てはめると、歩行可能な3名は緑、気道確保後も無呼吸の開放性脳損傷例は黒、歩行できず呼吸数36/分の傷病者だけが赤となる。赤は「直ちに治療すれば救命できる可能性が高い群」であり、救護所への搬送を最も優先すべきである。外見上の派手さ(出血・開放骨折)や訴えの強さではなく、生理学的な指標(歩行・呼吸・循環・意識)で機械的に判定するのがSTART法の要点である。
選択肢考察
- ○a. 歩行できず,呼吸数36/分である。
歩行できないため緑ではなく、次に呼吸を評価する。呼吸数36/分はSTART法の基準である30回/分以上を満たすので、赤(最優先治療群)と判定される。頻呼吸は、胸部外傷による呼吸障害や、出血性ショックに伴う低灌流・代謝性アシドーシスへの代償など、生命を脅かす状態を示唆する。呼吸はしているので救命の可能性があり、すぐに治療を始めるべき傷病者である。よって、搬送の優先度は最も高い。
- ×b. 歩行できるが,頭部から出血している。
歩行できるため、START法では緑(保留群)となる。頭皮は血流が豊富なので小さな傷でも出血が目立ちやすいが、自力で歩けるということは、気道・呼吸・循環・意識が保たれていることを意味する。圧迫止血などの応急処置で対応でき、赤の傷病者より先に搬送する理由はない。なお、トリアージは一度きりでなく繰り返し行うので、意識レベルが下がるなどの変化があれば区分を見直す。
- ×c. 歩行できるが,強い腹痛を訴えている。
強い腹痛は腹腔内臓器の損傷を疑わせるが、一次トリアージ(START法)では歩行できれば緑に分類される。現時点で自力歩行できるほど循環は保たれており、生理学的に切迫した状態とはいえない。ただし、腹腔内出血は時間とともに進行してショックに陥ることがあるため、救護所での二次トリアージ(生理学的・解剖学的評価によるPAT法など)や繰り返しの再評価で、黄や赤に変更されうる点に注意する。いずれにせよ、すでに赤の基準を満たすaより優先度は低い。
- ×d. 歩行できるが,肘関節部に開放骨折を認め創が汚染している。
汚染した開放骨折は、感染予防のために早期のデブリドマン(壊死・汚染組織の除去)、洗浄、抗菌薬投与が必要で、いずれ手術の対象となる重要な外傷である。しかし、四肢の局所損傷であって直ちに生命を脅かすものではなく、歩行もできるので一次トリアージでは緑となる。機能予後にかかわる損傷であっても、生命予後にかかわる赤より優先されることはない。
- ×e. 開放性脳損傷があり,用手気道確保を行ったが呼吸を認めない。
START法では、歩行できず呼吸がない場合、まず用手的に気道を確保する。それでも呼吸がなければ黒(死亡・救命困難群)と判定する。開放性脳損傷を伴っていることからも、救命はきわめて困難である。平時なら心肺蘇生の対象となりうるが、医療資源が足りない災害時には、救命の見込みがある傷病者に資源を振り向けるため、搬送の優先度は最も低くなる。
トリアージ・タッグ
判定結果は、傷病者の右手首(負傷などで使えなければ左手首、右足首、左足首の順)に付けるトリアージ・タッグで示す。タッグは下の切り離し部分の色で区分を表す。 ・赤(区分Ⅰ):最優先治療群(重症)。直ちに処置を行えば救命できる。例:気道閉塞、呼吸困難、ショック、意識障害など ・黄(区分Ⅱ):待機的治療群(中等症)。数時間、治療を待っても生命に危険はないが、いずれ医療機関での治療が必要 ・緑(区分Ⅲ):保留群(軽症)。歩行可能で、専門医の治療をほとんど必要としない ・黒(区分0):死亡群・救命困難群(不処置群)
一次トリアージと二次トリアージ
・一次トリアージ:災害現場などで、多数の傷病者を短時間でふるい分ける。START法が代表で、歩行・呼吸・循環・意識の4項目で判定する。 ・二次トリアージ:救護所や病院前などで、より詳しく評価する。代表的なのがPAT(Physiological and Anatomical Triage)法で、第1段階で生理学的評価(意識、呼吸、脈拍、血圧、SpO2など)、第2段階で解剖学的評価(全身観察による重症外傷の有無)を行い、さらに受傷機転や要配慮者(小児・高齢者・妊婦など)かどうかを考慮する。
トリアージの原則
・トリアージは一度で終わらず、搬送前・救護所到着時など、場面ごとに繰り返し行う。状態の変化により区分は上下する。 ・判定中は気道確保や圧迫止血などの最小限の処置にとどめ、治療に時間をかけない。 ・災害医療の基本概念としてCSCATTT(Command and control:指揮命令、Safety:安全、Communication:情報伝達、Assessment:評価、Triage:トリアージ、Treatment:治療、Transport:搬送)がある。
POINT
・医療資源が需要に追いつかない多数傷病者事故では、トリアージにより「救命の可能性があり、緊急に治療が必要な者」を最優先する。 ・START法:歩行可能→緑、気道確保後も無呼吸→黒、呼吸数30回/分以上(または9回/分以下)・橈骨動脈触知不能またはCRT>2秒・指示に従えない→赤、それ以外→黄。 ・出血の目立つ外傷や開放骨折でも、歩行できれば一次トリアージは緑。 ・黒(死亡・救命困難群)は災害時の搬送・治療の優先度が最も低い。 ・トリアージは繰り返し行い、状態変化に応じて区分を見直す。
