StudyMed医師国家試験

機内で渡された英文紹介状―vascular spidersが告げる肝硬変

第110回医師国家試験 C問題 第20問

国試問題にチャレンジ

第110回 C問題 第20問

61歳の男性。自営業。旅客機内で耐え難い全身倦怠感を訴えた。2週間の仕事を終えて東アジアのある国から帰国するところである。たまたま同乗していた医師が機内アナウンスに呼応した。男性が現地の医療機関を昨日受診した際に渡された紹介状の一部を示す。 The patient is a 61-year-old man with a complaint of general malaise. Distended abdomen has been developed in these two days. He has a long history of drinking. However, he has never been treated on alcoholic problems. On physical examination, his consciousness was clear. He had no fever. Icterus on his conjunctiva, several vascular spiders in his anterior chest and bilateral pretibial edema were observed. Moderate amount of ascites was detected by ultrasonography. Therefore, I strongly recommended him to consult a physician in his home country as soon as possible. 機内での現症:体温36.5℃。脈拍88/分,整。呼吸数12/分。腹部に圧痛を認めない。  この情報から最も疑うべき疾患はどれか。

  1. a.肝硬変
  2. b.心不全
  3. c.深部静脈血栓症
  4. d.甲状腺機能低下症
  5. e.ネフローゼ症候群

対話形式の解説

ドクタードクター
今回は、旅客機の中で英語の紹介状を読み、患者さんの病態を推測する問題だ。テーマは医学英語の読解だけれど、本質は身体所見の組み合わせから疾患を絞り込むこと。紹介状に並んだ単語を一つずつ日本語に置き換えて、それが体のどんな異常を意味するのかを考えていこう。
医学生医学生
正直、vascular spidersで少し手が止まりました。血管のクモ……クモ状血管腫のことでしょうか。
ドクタードクター
その通り。spider angiomaとも呼ぶね。中心の小さな動脈から細い血管が放射状に広がる皮疹で、中心を押すと消えるのが特徴だ。ほかにもicterusは黄疸、ascitesは腹水、pretibial edemaは前脛骨部の浮腫。基本単語さえ押さえれば、所見はすべて読み取れる。
医学生医学生
医学英語の授業で単語テストがあったのを思い出しました。あのときもっと真面目にやっておけばよかったです。
ドクタードクター
国試ではこうして実際に役立つからね。では読み取った所見を整理しよう。長年の飲酒歴があって、黄疸、クモ状血管腫、腹水、両下腿の浮腫。これらを一つの病態で説明するとしたら何かな。
医学生医学生
飲酒歴に黄疸と腹水なので、アルコール性の肝硬変だと思います。
ドクタードクター
正解だ。ポイントは、所見を3つの系統に分けて理解すること。1つ目は肝細胞の機能低下で、ビリルビンを処理できずに黄疸が出て、アルブミンの合成が落ちて浮腫が起こる。2つ目はエストロゲン代謝の障害で、肝臓で分解されるはずのエストロゲンが残ることでクモ状血管腫が生じると考えられている。3つ目が門脈圧亢進で、低アルブミン血症と合わさって腹水がたまる。
医学生医学生
クモ状血管腫がエストロゲンと関係しているのは意外でした。前胸部に出やすいのも何か理由があるんですか。
ドクタードクター
上大静脈の灌流域、つまり顔、首、前胸部、上肢に出やすいことが知られている。同じ高エストロゲン状態による所見として、手掌紅斑や女性化乳房、精巣萎縮もセットで覚えておこう。臨床実習で消化器内科を回ったら、手のひらを必ず見てごらん。
医学生医学生
では心不全はどうでしょう。右心不全でも下腿浮腫や腹水、うっ血肝による黄疸が出ると習いました。
ドクタードクター
鋭いね。たしかに鑑別には挙がる。ただ、クモ状血管腫は心不全では説明しにくいし、頻呼吸や起座呼吸、頸静脈怒張といった心不全らしい記載もない。飲酒歴との組み合わせを考えれば、肝硬変のほうがずっと自然だ。
医学生医学生
飛行機の中なので、エコノミークラス症候群、つまり深部静脈血栓症も頭をよぎりました。
ドクタードクター
場面設定に引っ張られやすいところだね。長時間の搭乗はたしかに危険因子だけれど、深部静脈血栓症の腫脹は通常片側で、痛みや発赤を伴う。今回は浮腫が両側性だし、黄疸や腹水は説明できない。しかもこれらの所見は搭乗前日の現地受診時にすでにあったんだ。
医学生医学生
甲状腺機能低下症とネフローゼ症候群も浮腫が出る病気ですが、黄疸やクモ状血管腫は説明できないので外れますね。
ドクタードクター
その通り。甲状腺機能低下症の浮腫は粘液水腫で、押しても圧痕が残りにくいのが特徴。ネフローゼ症候群は大量の蛋白尿と低アルブミン血症で浮腫や腹水が出るけれど、顔や眼瞼のむくみが目立ち、黄疸やクモ状血管腫はみられない。浮腫という共通項だけでなく、その疾患でしか説明できない所見に注目するのがコツだ。
医学生医学生
機内では熱もないし、お腹も痛くないので、急ぎの感染症ではなさそうですね。
ドクタードクター
いいところに気づいたね。腹水のある肝硬変患者で怖いのは特発性細菌性腹膜炎で、発熱や腹痛を伴うことが多い。今回はバイタルが落ち着いていて腹部の圧痛もないから、慢性の肝疾患が進んで非代償期に入った状態と考えるのが妥当だ。
医学生医学生
黄疸と腹水があるので、Child-Pugh分類でも軽症ではなさそうですね。
ドクタードクター
そう。Child-Pugh分類はビリルビン、アルブミン、腹水、肝性脳症、プロトロンビン時間の5項目で評価する。黄疸と中等量の腹水があれば少なくともBに相当する可能性がある。さらに肝硬変では食道・胃静脈瘤からの出血や肝性脳症、肝細胞癌の合併にも注意が必要だ。新たに腹水が増えてきたときは、肝細胞癌などの悪性腫瘍も念頭に置いて精査したい。
医学生医学生
帰国後は、腹水穿刺でSAAGを測ったり、画像で肝細胞癌がないか調べたりするんですね。
ドクタードクター
その通り。SAAGが1.1g/dL以上なら門脈圧亢進性の腹水を示唆する。そして何より、断酒の指導が治療の土台になる。英文の紹介状を正確に読み取れることは、海外帰りの患者さんや外国人患者さんを診るうえで欠かせない力だよ。

まとめ

長期の飲酒歴に、黄疸(icterus)、前胸部のクモ状血管腫(vascular spiders)、腹水(ascites)、両側前脛骨部浮腫(pretibial edema)がそろえば、非代償性肝硬変を最も疑います。黄疸と浮腫は肝合成・排泄能の低下、クモ状血管腫は肝でのエストロゲン分解低下、腹水は門脈圧亢進と低アルブミン血症を反映しており、所見を病態ごとに整理すると理解しやすくなります。心不全、深部静脈血栓症、甲状腺機能低下症、ネフローゼ症候群も浮腫をきたしますが、クモ状血管腫や黄疸までは説明できません。肝硬変ではChild-Pugh分類による重症度評価、静脈瘤・肝性脳症・肝細胞癌などの合併症への注意、断酒指導が重要です。基本的な医学英語を正確に読み取れることは、国際化が進む臨床現場で患者情報を確実に引き継ぐための必須の力です。

解答・解説

正解はaです

英文紹介状の読み取り

・general malaise:全身倦怠感 ・Distended abdomen has been developed in these two days:この2日間で腹部が膨隆してきた(腹部膨満) ・a long history of drinking:長年の飲酒歴。ただしアルコール関連の問題で治療を受けたことはない。 ・his consciousness was clear / no fever:意識清明、発熱なし ・Icterus on his conjunctiva:眼球結膜の黄染(黄疸) ・several vascular spiders in his anterior chest:前胸部の複数のクモ状血管腫 ・bilateral pretibial edema:両側の前脛骨部浮腫 ・Moderate amount of ascites was detected by ultrasonography:超音波検査で中等量の腹水 ・紹介状の結論:できるだけ早く母国の医師を受診するよう強く勧めた。

所見の整理と診断への流れ

長期の大量飲酒歴を背景に、次の3系統の所見がそろっている。 1. 肝細胞機能の低下:黄疸(ビリルビンの処理・排泄障害)、浮腫・腹水の一因となる低アルブミン血症。 2. エストロゲン代謝の障害(高エストロゲン状態):クモ状血管腫。肝臓で分解されるはずのエストロゲンが体内に残ることで生じると考えられ、上大静脈の灌流域(顔面・頸部・前胸部・上肢)にみられやすい。 3. 門脈圧亢進:腹水(門脈圧亢進と低アルブミン血症が合わさって腹腔内に体液が貯留する)。 この組み合わせは、アルコール性肝障害が進行した非代償性肝硬変に典型的である。機内では体温36.5℃、脈拍88/分、呼吸数12/分と、発熱・頻脈・頻呼吸はなく、腹部の圧痛もない。したがって、特発性細菌性腹膜炎(SBP:腹水に細菌感染が起こる肝硬変の合併症)のような急性の感染症よりも、慢性肝疾患による肝不全症状を考える。最も疑うべき疾患は肝硬変である。 本問の本質は医学英語の読解であり、vascular spiders(クモ状血管腫)、icterus(黄疸)、ascites(腹水)、pretibial edema(前脛骨浮腫)などの基本用語を正確に理解できるかが問われている。

選択肢考察

  1. ○a.  肝硬変

    長期の飲酒歴に加え、眼球結膜黄染(黄疸)、前胸部のクモ状血管腫、腹水、両側下腿浮腫がそろっている。黄疸と浮腫は肝合成・排泄能の低下、クモ状血管腫は高エストロゲン状態、腹水は門脈圧亢進と低アルブミン血症を反映しており、いずれも肝硬変を示唆する。特にクモ状血管腫は他の選択肢の疾患では説明できない、慢性肝疾患に特徴的な皮膚所見である。

  2. ×b.  心不全

    右心不全では体静脈のうっ滞により下腿浮腫や腹水、うっ血肝が起こり、軽度の黄疸を伴うこともあるため、鑑別の対象にはなる。しかしクモ状血管腫は心不全では説明しにくい。また、呼吸数12/分と頻呼吸がなく、呼吸困難・起座呼吸や頸静脈怒張などの心不全を示唆する記載もない。長期飲酒歴との組み合わせからは、肝硬変の方がはるかに考えやすい。

  3. ×c.  深部静脈血栓症

    長時間の航空機搭乗は深部静脈血栓症(いわゆるエコノミークラス症候群)の危険因子である。しかし深部静脈血栓症では、通常は片側の下肢に腫脹・疼痛・発赤が生じる。本例の浮腫は両側性で、黄疸、クモ状血管腫、腹水は深部静脈血栓症では説明できない。しかも、これらの所見は搭乗前日の現地受診時にすでにみられていた。

  4. ×d.  甲状腺機能低下症

    甲状腺機能低下症でも倦怠感や浮腫がみられるが、その浮腫は粘液水腫と呼ばれ、圧迫しても圧痕が残りにくい(non-pitting edema)のが特徴である。ほかに寒がり、皮膚乾燥、徐脈、体重増加などを伴う。黄疸やクモ状血管腫は甲状腺機能低下症の所見ではなく、腹水も典型的ではない。

  5. ×e.  ネフローゼ症候群

    ネフローゼ症候群では尿中への大量の蛋白漏出(1日3.5g以上)と低アルブミン血症(3.0g/dL以下)により、全身浮腫や腹水が生じうる。しかし浮腫は眼瞼・顔面にも目立ち、黄疸やクモ状血管腫はみられない。本例では尿所見の記載もなく、飲酒歴と肝疾患徴候の組み合わせからは考えにくい。

肝硬変の身体所見と成因

1. 肝細胞機能の低下によるもの ・黄疸:ビリルビンの抱合・排泄障害による。 ・浮腫・腹水:アルブミン合成の低下による膠質浸透圧の低下が関与する。 ・出血傾向:凝固因子の産生低下と、脾機能亢進による血小板減少による。 ・肝性脳症:アンモニアなどの解毒障害による。羽ばたき振戦(asterixis)を伴う。 2. エストロゲン代謝の低下によるもの ・クモ状血管腫(vascular spider / spider angioma):中心の小動脈から細い血管が放射状に広がる。中心部を押すと消える。 ・手掌紅斑(palmar erythema):母指球・小指球の発赤。 ・女性化乳房(gynecomastia)、精巣萎縮。 3. 門脈圧亢進によるもの ・腹水(ascites) ・腹壁静脈怒張(メドゥーサの頭:caput medusae) ・脾腫、食道・胃静脈瘤、痔核

肝硬変の重症度評価

Child-Pugh分類は、血清ビリルビン、血清アルブミン、腹水、肝性脳症、プロトロンビン時間の5項目を点数化し、A(5〜6点)、B(7〜9点)、C(10〜15点)に分類する。黄疸と中等量の腹水を伴う本例は、少なくともBに相当する可能性があり、非代償性肝硬変と考えられる。

腹水を伴う疾患の鑑別

・肝硬変:最も多い原因。血清と腹水のアルブミン濃度差(SAAG:serum-ascites albumin gradient)が1.1g/dL以上なら門脈圧亢進性の腹水を示唆する。 ・心不全(特に右心不全、収縮性心膜炎) ・ネフローゼ症候群、低栄養などの低アルブミン状態 ・癌性腹膜炎、結核性腹膜炎、膵炎 肝硬変の患者では肝細胞癌の合併頻度が高く、新たに出現・増悪した腹水では肝細胞癌などの悪性腫瘍も念頭に置いて精査する。

主な医学英語

・malaise:倦怠感 ・distended abdomen:腹部膨満 ・icterus / jaundice:黄疸 ・conjunctiva:結膜 ・vascular spider:クモ状血管腫 ・pretibial edema:前脛骨部浮腫 ・ascites:腹水 ・ultrasonography:超音波検査

POINT

・長期飲酒歴+黄疸+クモ状血管腫+腹水+下腿浮腫 → 非代償性肝硬変を考える。 ・クモ状血管腫、手掌紅斑、女性化乳房は、肝臓でのエストロゲン分解の低下による。 ・腹水は門脈圧亢進と低アルブミン血症の両方による。 ・vascular spider(クモ状血管腫)、icterus(黄疸)、ascites(腹水)、pretibial edema(前脛骨浮腫)などの基本的な医学英語を押さえる。

※問題・正答は厚生労働省の公開資料をもとに掲載しています。