目にしみる、喉が焼ける―有毒ガスは「どう効くか」で分類せよ
第109回医師国家試験 I問題 第18問
国試問題にチャレンジ
粘膜刺激症状を呈する有毒ガスはどれか。
- a.サリン
- b.ブタン
- c.亜硫酸ガス
- d.一酸化炭素
- e.シアン化水素
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
有毒ガスは作用機序によって、粘膜を直接傷害する刺激性ガス、酸素の取り込みや利用を妨げる窒息性ガス、神経伝達を障害する神経剤に分けて整理すると理解しやすくなります。粘膜刺激症状を起こすのは亜硫酸ガス(二酸化硫黄)などの刺激性ガスで、湿った粘膜で酸を生じて流涙、咽頭痛、咳、気管支攣縮などを起こし、四日市ぜんそくの原因物質としても知られます。ブタンは単純窒息性ガス、一酸化炭素とシアン化水素は化学的窒息性ガス、サリンはコリンエステラーゼを阻害する神経剤であり、サリンの流涙や鼻汁は直接刺激ではなくムスカリン様作用によるものです。刺激性ガスは水溶性が高いほど上気道や眼に早期の症状を、低いほど遅発性の肺水腫を起こしやすいため、曝露ガスの性質に応じた経過観察が求められます。仕組みで分類しておく考え方は、災害医療や救急での中毒対応の土台になります。
解答・解説
正解はcです
有毒ガスは、体に害を及ぼす主な仕組みによって大きく次のように分けて整理すると理解しやすい。 ①刺激性ガス:気道や眼の粘膜に直接作用して化学的な炎症を起こすもの(亜硫酸ガス〈二酸化硫黄〉、アンモニア、塩素、塩化水素、ホルムアルデヒド、二酸化窒素、ホスゲン、オゾンなど)。 ②窒息性ガス:酸素の取り込み・運搬・利用を妨げるもの。さらに、空気中の酸素を押しのけて酸素欠乏を起こす単純窒息性ガス(ブタン、メタン、窒素、二酸化炭素など)と、体内で酸素の運搬や利用を化学的に阻害する化学的窒息性ガス(一酸化炭素、シアン化水素、硫化水素など)に分けられる。 ③神経毒性ガス:神経伝達を障害するもの(サリンなどの神経剤)。 「粘膜刺激症状」とは、眼の痛み・流涙・結膜充血、鼻汁・咽頭痛、咳・胸部灼熱感・喘鳴など、粘膜に接触した物質が直接組織を傷害することで生じる症状を指す。選択肢の中でこの刺激性ガスに当たるのは亜硫酸ガスであり、水に溶けて亜硫酸を生じ、湿った粘膜表面で刺激作用を発揮する。 なお、刺激性ガスは水への溶けやすさで障害部位が変わる。水溶性の高いガス(アンモニア、塩化水素、ホルムアルデヒドなど)は上気道や眼の湿った粘膜ですぐに溶けるため、曝露直後から強い刺激症状が出る。亜硫酸ガスも水溶性が比較的高く、主に上気道〜気管支に作用する。一方、水溶性の低いガス(二酸化窒素、ホスゲン、オゾンなど)は初期症状が乏しいまま肺胞まで到達し、数時間後に遅発性の肺水腫を起こしうる。
選択肢考察
- ×a. サリン
誤り。サリンは有機リン系の神経剤(化学兵器)で、アセチルコリンエステラーゼのセリン残基に結合して不可逆的に阻害し、シナプスにアセチルコリンを蓄積させる。症状はコリン作動性の過剰刺激によるもので、ムスカリン様症状(縮瞳による視界の暗さ、流涙・鼻汁・流涎・気道分泌の増加、気管支攣縮、徐脈、嘔吐・下痢など)、ニコチン様症状(筋線維束攣縮、筋力低下・呼吸筋麻痺)、中枢神経症状(意識障害、けいれん)が現れる。流涙や鼻汁がみられても、それは粘膜への直接刺激ではなく自律神経の過剰興奮による分泌亢進である。治療は除染、アトロピン、プラリドキシム(PAM)、けいれんに対するベンゾジアゼピンである。1994年の松本サリン事件、1995年の地下鉄サリン事件で多数の被害者が出た。
- ×b. ブタン
誤り。ブタンはライターやカセットコンロの燃料に用いられる無色・ほぼ無臭の炭化水素ガスで、市販品には漏洩に気付けるよう着臭剤が加えられている。空気より重く低い場所にたまりやすく、空気中の酸素を押しのけることで酸素欠乏を起こす単純窒息性ガスに分類される。高濃度吸入では中枢神経抑制により眠気・めまい・意識消失をきたし、心筋をカテコールアミンに対して過敏にするため致死性不整脈(いわゆる sudden sniffing death)の原因にもなる。液化ガスが皮膚に触れると気化熱により凍傷を起こすことはあるが、粘膜刺激性は乏しい。
- ○c. 亜硫酸ガス
正しい。亜硫酸ガスは二酸化硫黄(SO2)の別名で、刺激臭をもつ無色の気体である。石炭・重油など硫黄を含む化石燃料の燃焼や火山ガスに含まれ、大気汚染物質の代表であり、四日市ぜんそくの主な原因物質となった。水に溶けやすく、眼や上気道の湿った粘膜で亜硫酸などの酸を生じて組織を傷害するため、結膜炎・流涙、鼻咽頭炎、咳、胸部の灼熱感、気管支炎、気管支攣縮による呼吸困難などの粘膜刺激症状をきたす。喘息患者は低濃度でも気管支収縮を起こしやすい。職業的に長期曝露されると歯の酸蝕症の原因ともなる。
- ×d. 一酸化炭素
誤り。一酸化炭素(CO)は炭素を含む物質の不完全燃焼で発生する無色・無臭・無刺激の気体で、気付かないうちに中毒が進むのが特徴である。ヘモグロビンとの親和性が酸素の200倍以上と非常に高く、一酸化炭素ヘモグロビン(CO-Hb)を形成して酸素運搬能を低下させるとともに、酸素解離曲線を左方移動させて組織への酸素放出も妨げる化学的窒息性ガスである。症状は頭痛・めまい・悪心から始まり、CO-Hb濃度の上昇に伴って意識障害、けいれん、昏睡、死亡に至る。パルスオキシメータではCO-Hbを酸素化ヘモグロビンと区別できずSpO2が見かけ上正常となるため、動脈血ガスのCO-oximetryで評価する。治療は高濃度酸素投与で、重症例では高気圧酸素療法を考慮する。回復後数日〜数週で遅発性脳症(間欠型CO中毒)を起こすことがある。粘膜刺激作用はない。
- ×e. シアン化水素
誤り。シアン化水素(青酸ガス)は、メッキや冶金の工場で用いられるほか、ウレタン・羊毛などの含窒素素材が燃える火災でも発生する。シアンイオンがミトコンドリアのシトクロムcオキシダーゼ(シトクロムa3の3価鉄)に結合して細胞呼吸を止めるため、組織は酸素を利用できなくなる化学的窒息性ガスである。酸素が使われないため静脈血の酸素含量が高く保たれ、嫌気性代謝による高度の乳酸アシドーシスを伴う。症状は頭痛・呼吸困難から急速に意識消失、けいれん、呼吸停止、心停止へ進む。アーモンド臭(苦扁桃臭)が知られる。治療はヒドロキソコバラミンや亜硝酸化合物・チオ硫酸ナトリウムなどの解毒薬投与と酸素投与である。主な病態は細胞の酸素利用障害であり、粘膜刺激症状を主徴とするガスには当たらない。
有毒ガスの分類と代表例
・刺激性ガス(水溶性が高い→上気道・眼の症状が早期に出る):アンモニア、塩化水素、ホルムアルデヒド、亜硫酸ガス(二酸化硫黄) ・刺激性ガス(水溶性が中等度):塩素 ・刺激性ガス(水溶性が低い→肺胞まで到達し遅発性肺水腫):二酸化窒素、ホスゲン、オゾン ・単純窒息性ガス:ブタン、プロパン、メタン、窒素、二酸化炭素(高濃度)、ヘリウム ・化学的窒息性ガス:一酸化炭素(酸素運搬の障害)、シアン化水素・硫化水素(細胞呼吸の障害) ・神経剤:サリン、VX など(コリンエステラーゼ阻害)
刺激性ガス曝露時の対応
・汚染区域からの離脱、衣服の除去と皮膚・眼の大量の水による洗浄。 ・酸素投与、気管支攣縮には気管支拡張薬。上気道浮腫による気道閉塞の危険があれば早期の気管挿管。 ・水溶性の低いガスに曝露した場合は、症状が軽くても遅発性肺水腫に備えて一定時間の経過観察を行う。
関連事項:大気汚染と公害
・四日市ぜんそく:石油化学コンビナートから排出された硫黄酸化物(主に二酸化硫黄)による閉塞性呼吸器疾患。 ・大気汚染物質には、硫黄酸化物のほか窒素酸化物、光化学オキシダント、浮遊粒子状物質(PM2.5を含む)などがあり、環境基準が定められている。
POINT
・粘膜刺激症状を起こすのは刺激性ガス(亜硫酸ガス、アンモニア、塩素、ホルムアルデヒドなど)。 ・水溶性が高いほど上気道・眼に早期の症状、低いほど(NO2、ホスゲン)遅発性の肺水腫。 ・ブタン=単純窒息性ガス、CO・シアン化水素=化学的窒息性ガス、サリン=コリンエステラーゼ阻害(神経剤)。 ・亜硫酸ガス(SO2)は四日市ぜんそくの原因物質。
