服用した毒が「皮膚から」も襲う―有機リン中毒で除染シャワーを使う本当の理由
第109回医師国家試験 G問題 第58問
国試問題にチャレンジ
32歳の女性。殺虫剤を飲んだということで搬入された。殺虫剤を飲んで嘔吐し,家族が救急車を要請した。搬入時,意識レベルJCSⅢ-200。体温36.0℃。脈拍80/分,整。血圧110/72 mmHg。呼吸数10/分。SpO2 98%(マスク6 L/分酸素投与下)。瞳孔径は両側1 mm。流涙があり,鼻腔や口腔に分泌亢進を認める。便失禁があり,救急外来に到着したところで再び嘔吐して着衣が汚れている。 初期対応で除染シャワーを使う目的として正しいのはどれか。2つ選べ。
- a.医療従事者などの二次汚染を防ぐ。
- b.殺虫剤が経皮吸収されるのを防ぐ。
- c.酸性の胃液による皮膚損傷を防ぐ。
- d.低体温にして消化管吸収を減らす。
- e.着衣をぬらして脱衣しやすくする。
対話形式の解説
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
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医学生
ドクター
医学生
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医学生
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医学生
ドクターまとめ
殺虫剤の服用歴に縮瞳・流涙・分泌亢進・嘔吐・便失禁といったムスカリン様症状がそろえば、有機リン中毒を疑います。有機リンは脂溶性が高く皮膚・粘膜・気道からも吸収されるため、吐物や排泄物で汚染された体表を除染する目的は、患者本人の経皮吸収を防ぐことと、医療従事者などへの二次汚染を防ぐことの2つです。除染はまず乾いた状態で脱衣し、その後に温水や石けん水で洗い流すのが原則で、処置者は個人防護具を着用します。体を冷やしても消化管吸収は減らず、消化管からの吸収対策は胃洗浄や活性炭であり、治療の柱は呼吸管理・アトロピン・PAMです。患者の救命と医療者自身の安全確保を同時に考える姿勢は、中毒や化学災害の診療に欠かせない基本となります。
解答・解説
正解はa, bです
所見の整理
・殺虫剤を飲んで嘔吐した:自殺企図による急性中毒が疑われる。 ・意識レベルJCS III-200(痛み刺激で手足を少し動かしたり顔をしかめたりする程度)と高度の意識障害がある。 ・呼吸数10/分と少なく、マスクで6 L/分の酸素を投与してようやくSpO2 98%を保っており、呼吸抑制がある。 ・両側瞳孔径1 mmの著明な縮瞳、流涙、鼻汁・唾液などの分泌亢進、嘔吐、便失禁がみられる。
診断へのプロセス
縮瞳・分泌亢進(流涙、流涎、気道分泌)・消化管運動亢進(嘔吐、下痢・便失禁)は、アセチルコリンがムスカリン受容体を過剰に刺激したときの症状(ムスカリン様症状)である。殺虫剤の服用歴と合わせると、アセチルコリンを分解する酵素であるアセチルコリンエステラーゼ(AChE)を阻害する有機リン系(またはカーバメート系)殺虫剤による中毒が最も考えられる。脈拍は80/分で徐脈ではないが、有機リン中毒ではムスカリン作用による徐脈と、交感神経節のニコチン受容体刺激による頻脈がいずれも起こりうるため、脈拍が正常でも否定はできない。意識障害や呼吸抑制は中枢神経症状や呼吸筋の麻痺(ニコチン様作用)、気道分泌の増加によるものと考えられる。
設問の考え方
有機リン系殺虫剤は脂溶性が高く、消化管だけでなく皮膚や粘膜、気道からも吸収される。本例では嘔吐と便失禁があり、着衣や体表が毒物を含む吐物・排泄物で汚染されている。この状態で処置を続けると、①患者自身が皮膚からさらに毒物を吸収して中毒が増悪するおそれがあり、②患者に触れる医療従事者や周囲の患者が毒物に曝露される(二次汚染)おそれがある。除染シャワーはこの2つを防ぐために行う。なお実際の除染では、まず汚染された着衣を脱がせ(脱衣だけで汚染の大部分が除去される)、そのうえで大量の水や石けん水で体表を洗い流す。処置にあたる者は手袋・ガウン・マスク・ゴーグルなどの個人防護具(PPE)を着用する。
選択肢考察
- ○a. 医療従事者などの二次汚染を防ぐ。
吐物・便や汚れた着衣、体表には有機リン系殺虫剤が付着している。有機リンは皮膚や気道から吸収されるため、防護なしに患者に触れたり揮発した成分を吸入したりすると、医療従事者や周囲の患者、家族にも中毒症状が出うる。除染によって体表の毒物を取り除くことは、こうした二次汚染(二次被害)を防ぐ重要な目的であり、正しい。
- ○b. 殺虫剤が経皮吸収されるのを防ぐ。
有機リン系殺虫剤は脂溶性が高く、皮膚からも吸収されて全身中毒を起こす。皮膚に付着したままでは服用した分に加えて経皮的に毒物が取り込まれ続け、中毒が遷延・増悪するおそれがある。除染シャワーで体表の毒物を洗い流すことは、患者本人へのそれ以上の吸収を防ぐ目的があり、正しい。なお有機リンはアルカリ性の条件下で加水分解されやすいため、石けんを用いて洗うと効果的である。
- ×c. 酸性の胃液による皮膚損傷を防ぐ。
胃液は強い酸性であるが、嘔吐によって短時間皮膚に付着した程度では通常、皮膚に損傷は生じない。除染の目的は吐物に含まれる毒物の除去であり、胃液そのものによる皮膚障害を防ぐことではない。
- ×d. 低体温にして消化管吸収を減らす。
体を冷やしても消化管からの毒物の吸収を減らす効果はなく、むしろ低体温は不整脈や凝固障害などを招き有害である。除染シャワーの際も、低体温を避けるため温水を用いるのが望ましい。消化管からの吸収を減らす手段としては、適応を判断したうえでの胃洗浄や活性炭の投与がある。
- ×e. 着衣をぬらして脱衣しやすくする。
衣服はぬれると肌に張りついてかえって脱がせにくくなる。また、ぬれることで衣服に付着した毒物が溶け出して皮膚に広がるおそれもある。除染では、シャワーの前にまず乾いた状態で汚染した衣服を脱がせ(必要なら切って除去し)、密閉できる袋に回収するのが原則である。
有機リン中毒の病態と症状
有機リン化合物はAChEをリン酸化して不可逆的に阻害し、シナプス間隙にアセチルコリンを蓄積させる。症状は受容体ごとに整理すると理解しやすい。 ・ムスカリン様症状(副交感神経節後線維):縮瞳、流涙、流涎、気道分泌亢進・気管支攣縮、発汗、嘔吐・下痢・腹痛、尿便失禁、徐脈。 ・ニコチン様症状(神経筋接合部・自律神経節):筋線維束性収縮(筋れん縮)、筋力低下、呼吸筋麻痺、頻脈、血圧上昇。 ・中枢神経症状:不穏、意識障害、けいれん、呼吸抑制。 検査では血清コリンエステラーゼ値の低下が診断の手がかりとなる。
治療
・気道確保と呼吸管理:気道分泌が多く呼吸筋麻痺も来しうるため、必要に応じて気管挿管・人工呼吸を行う。 ・アトロピン:ムスカリン受容体を遮断し、気道分泌の抑制を指標に十分量を投与する。 ・プラリドキシム(PAM):リン酸化されたAChEを再賦活化する。リン酸化酵素が「エイジング」と呼ばれる変化を起こすと効かなくなるため早期投与が望ましい。 ・消化管除染:服用後早期であれば胃洗浄や活性炭投与を考慮する。催吐は誤嚥の危険があるため行わない。 ・体表の除染:脱衣と洗浄。
除染の方法
・粗除染:目に見える汚染物を拭き取ったり吸着剤を散布して除去したりする。 ・乾的除染:水を使わずに脱衣などで汚染を除去する方法で、脱衣だけで付着汚染の大半(8割程度以上とされる)を取り除けるといわれる。 ・水的除染:脱衣後に水や石けん水で体表を洗い流す方法である。 多数傷病者が発生した化学災害では、除染前に救命処置の要否、除染の要否、歩行の可否でトリアージを行い、歩行可能者は自身で、歩行不能者は防護した要員が除染テントなどで除染を行う。
POINT
・殺虫剤服用+縮瞳・分泌亢進・嘔吐・便失禁(ムスカリン様症状)→ 有機リン中毒を疑う。 ・有機リンは皮膚・粘膜・気道からも吸収される。 ・体表除染の目的は「患者本人の経皮吸収の防止」と「医療従事者などへの二次汚染の防止」の2つ。 ・除染の基本は、まず脱衣、次に水・石けん水で洗浄。処置者は個人防護具を着用する。 ・消化管からの吸収対策は胃洗浄・活性炭であり、体を冷やすことではない。 ・治療の柱は呼吸管理、アトロピン、PAM。
