「出血しやすい」か「固まりやすい」か―深部静脈血栓症を招く抗リン脂質抗体症候群
第108回医師国家試験 G問題 第14問
国試問題にチャレンジ
深部静脈血栓症がみられるのはどれか。
- a.再生不良性貧血
- b.von Willebrand病
- c.抗リン脂質抗体症候群
- d.免疫性血小板減少性紫斑病〈特発性血小板減少性紫斑病〉
- e.ヘリコバクター・ピロリ感染症
対話形式の解説
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ドクターまとめ
深部静脈血栓症は、血流のうっ滞・血管内皮障害・凝固能亢進というVirchowの3徴で整理され、選択肢の疾患を出血性素因と血栓性素因に分けて考えるのが解法の鍵です。抗リン脂質抗体症候群は動静脈の両方に血栓を起こす代表的な後天性血栓性素因で、深部静脈血栓症・肺血栓塞栓症、若年性脳梗塞、習慣流産などをきたし、試験管内ではAPTTが延長するのに生体内では血栓傾向を示すという逆説的な特徴があります。一方、再生不良性貧血、免疫性血小板減少性紫斑病、von Willebrand病は出血性素因であり、ヘリコバクター・ピロリ感染症は血栓症ではなくITPとの関連が重要です。原因不明の血栓症や不育症の背景に血栓性素因を疑う視点は、適切な抗凝固療法や妊娠管理につながる臨床上の重要な知識です。
解答・解説
正解はcです
深部静脈血栓症(DVT:deep vein thrombosis)は、主に下肢や骨盤内の深部静脈に血栓ができる病態で、血栓が遊離して肺動脈に詰まると肺血栓塞栓症を起こす。静脈血栓ができる要因は、Virchowの3徴である①血流のうっ滞(長期臥床、手術後、長時間の座位など)、②血管内皮の障害(手術、外傷、カテーテルなど)、③血液凝固能の亢進(悪性腫瘍、妊娠・産褥、エストロゲン製剤、先天性・後天性の血栓性素因など)で整理される。 本問では、選択肢の疾患を「血が止まりにくくなる疾患(出血性素因)」と「血が固まりやすくなる疾患(血栓性素因)」に分けて考えるとよい。再生不良性貧血、von Willebrand病、免疫性血小板減少性紫斑病はいずれも止血に必要な血小板や因子が不足・機能不全となる出血性素因である。ヘリコバクター・ピロリ感染症は、それ自体は凝固系に直接の影響を与えない。これに対して抗リン脂質抗体症候群は、自己抗体によって凝固が進みやすくなる代表的な後天性の血栓性素因であり、深部静脈血栓症の原因となる。
選択肢考察
- ×a. 再生不良性貧血
再生不良性貧血は、造血幹細胞が減少して骨髄の造血能が低下し、赤血球・白血球・血小板のすべてが減る(汎血球減少)疾患である。血小板減少のため皮下出血や歯肉出血などの出血傾向がみられ、ほかに貧血症状や好中球減少による感染症が問題となる。血栓症をきたす疾患ではない。なお、再生不良性貧血には発作性夜間ヘモグロビン尿症(PNH)の血球が混じっていることがあり、PNHが顕在化すると血栓症を起こしうるが、これは再生不良性貧血そのものの特徴ではない。
- ×b. von Willebrand病
von Willebrand因子(VWF)の量的な減少または質的な異常による先天性の出血性素因で、血友病と並ぶ代表的な遺伝性出血性疾患である。多くは常染色体顕性(優性)遺伝で、男女ともに発症する。VWFは血小板を傷ついた血管壁に粘着させる働きと、第VIII因子を血中で安定化させる働きをもつため、血小板の粘着障害による出血時間の延長と、第VIII因子の低下によるAPTT(活性化部分トロンボプラスチン時間)の延長がみられる。鼻出血、歯肉出血、過多月経などの皮膚・粘膜出血が特徴である(血友病は関節内出血や筋肉内出血などの深部出血が特徴)。血栓症は起こさない。
- ○c. 抗リン脂質抗体症候群
抗リン脂質抗体症候群(APS:antiphospholipid syndrome)は、リン脂質や、リン脂質に結合するタンパク(β2グリコプロテインIなど)に対する自己抗体が現れ、動脈・静脈の両方に血栓症を起こす代表的な後天性の血栓性素因である。静脈血栓では下肢の深部静脈血栓症とそれに続く肺血栓塞栓症が最も多く、動脈血栓では若年性の脳梗塞が多い。妊娠合併症(習慣流産・不育症、妊娠高血圧腎症など)も特徴である。検査では、ループスアンチコアグラント、抗カルジオリピン抗体、抗β2グリコプロテインI抗体が陽性となる。試験管内ではリン脂質依存性の凝固反応が妨げられるためAPTTが延長するが、体内では逆に血栓ができやすいという点が特徴的である。
- ×d. 免疫性血小板減少性紫斑病〈特発性血小板減少性紫斑病〉
免疫性血小板減少性紫斑病(ITP)は、血小板に対する自己抗体が結合した血小板が脾臓などで破壊され、血小板数が減る自己免疫疾患である。点状出血・紫斑、鼻出血、歯肉出血などの出血傾向をきたす。骨髄では巨核球は減っておらず(正常〜増加)、ほかの血球系列は保たれる。凝固系(PT、APTT)は正常である。出血性素因であり、深部静脈血栓症を起こす疾患ではない。
- ×e. ヘリコバクター・ピロリ感染症
ヘリコバクター・ピロリ(H. pylori)は胃粘膜に感染するグラム陰性らせん菌で、慢性胃炎、胃・十二指腸潰瘍、胃癌、胃MALTリンパ腫の原因となる。血栓症との関連は知られていない。血液疾患ではITPとの関連が重要で、H. pylori陽性のITP患者では除菌療法により約半数(5〜6割程度)で血小板数の増加が得られるため、陽性であればまず除菌を試みる。深部静脈血栓症の原因にはならない。
抗リン脂質抗体症候群(APS)
・原因:単独で起こる原発性APSと、全身性エリテマトーデス(SLE)などの自己免疫疾患に伴う続発性APSがある。 ・臨床症状:動脈・静脈血栓症(深部静脈血栓症、肺血栓塞栓症、脳梗塞、心筋梗塞など)、妊娠合併症(習慣流産、子宮内胎児死亡、早産など)。妊娠は成立するが維持できない不育症の原因となる点に注意する。血小板減少、網状皮斑(リベド)、心臓弁膜症を伴うこともある。多臓器に同時に血栓ができる重症型を劇症型APS(CAPS)という。 ・検査所見:ループスアンチコアグラント陽性、抗カルジオリピン抗体陽性、抗β2グリコプロテインI抗体陽性。APTTの延長(正常血漿を混ぜても補正されない)、梅毒血清反応の生物学的偽陽性(BFP:脂質抗原を用いる検査が陽性で、TP抗原を用いる検査は陰性)、軽度の血小板減少がみられることがある。一過性の陽性を除外するため、抗体陽性は12週以上の間隔をあけて再確認する。 ・治療:血栓症を起こした例ではワルファリンによる長期の抗凝固療法を行う(APSでは直接経口抗凝固薬〈DOAC〉は、特に動脈血栓の既往がある例や複数の抗体が陽性の例で血栓の再発が多いため推奨されない)。妊娠時は低用量アスピリンとヘパリンを併用する(ワルファリンは催奇形性があるため使わない)。
主な血栓性素因
・先天性:アンチトロンビン欠乏症、プロテインC欠乏症、プロテインS欠乏症(日本人に比較的多い)など。欧米では第V因子Leiden変異が多いが、日本人にはほとんどみられない。 ・後天性:抗リン脂質抗体症候群、悪性腫瘍(Trousseau症候群)、妊娠・産褥、エストロゲン製剤(経口避妊薬など)、ネフローゼ症候群(アンチトロンビンの尿中喪失)、発作性夜間ヘモグロビン尿症、ヘパリン起因性血小板減少症(HIT)、手術後・長期臥床など。
出血性素因の整理
・血小板の異常:再生不良性貧血、ITP、白血病(産生低下や破壊亢進による数の減少)、血小板無力症(機能異常) ・VWFの異常:von Willebrand病(出血時間延長、APTT延長) ・凝固因子の異常:血友病A(第VIII因子)・B(第IX因子)(APTT延長、出血時間は正常)、ビタミンK欠乏症(PT・APTT延長)
POINT
・抗リン脂質抗体症候群は代表的な後天性血栓性素因で、動脈・静脈の両方に血栓を起こし、習慣流産(不育症)の原因にもなる。 ・APSではAPTTが延長するのに血栓傾向を示す(試験管内の検査と体内の現象が逆)。 ・APSの検査:ループスアンチコアグラント、抗カルジオリピン抗体、抗β2グリコプロテインI抗体。梅毒反応の生物学的偽陽性もヒントになる。 ・再生不良性貧血、ITP、von Willebrand病は出血性素因である。 ・H. pyloriはITPと関連し、陽性のITPでは除菌で血小板数が増えることがある。
