硬くなった血管が教える高齢者高血圧―「下げすぎ」が危ない理由は脳にある
第107回医師国家試験 I問題 第8問
国試問題にチャレンジ
高齢者の高血圧症の特徴はどれか。
- a.拡張期血圧が高い。
- b.血圧の日内変動が小さい。
- c.起立時に血圧が上昇しやすい。
- d.脳血流の自動調節能が低下している。
- e.降圧薬の投与で脳血管障害の発症は減少しない。
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
高齢者の高血圧は、加齢に伴う動脈硬化によるWindkessel機能の低下を基盤に、収縮期血圧の上昇と拡張期血圧の低下、すなわち脈圧の増大を特徴とします。圧受容器反射の感受性低下により血圧変動は大きくなり、起立性低血圧や食後低血圧、モーニングサージ、白衣高血圧がみられやすくなります。さらに脳血流の自動調節能が低下し、その調節域が高血圧側へ移動しているため、急激・過度な降圧は脳虚血を招くおそれがあります。一方で、降圧治療は高齢者でも脳卒中や心血管イベントを減らすことが大規模試験で示されており、少量から緩やかに降圧するのが原則です。病態生理から特徴を導く考え方は、高齢者診療で安全な降圧治療を行うための土台になります。
解答・解説
正解はdです
高齢者の高血圧の特徴は、加齢に伴う動脈硬化(動脈の壁が硬くなること)を土台に考えると、まとめて理解できる。 若い人の大動脈は弾力に富んでいる。心臓が血液を送り出す収縮期には壁が膨らんで圧を受け止め、拡張期には縮んで血液を末梢へ押し出す。この働きをWindkessel(ふいご)機能と呼び、血圧の上下動を和らげるとともに、拡張期の血圧を支えている。加齢とともに動脈が硬くなると、この緩衝の仕組みが失われる。その結果、収縮期血圧は上がり、拡張期血圧はむしろ下がって、脈圧(収縮期血圧-拡張期血圧)が大きくなる。さらに、心拍出量や体位の変化が、そのまま血圧の大きな変動として現れるようになる。 これに加えて、高齢者では次の変化が起こる。 ・血圧の変化を感じ取って調整する圧受容器反射が鈍くなる。 ・臓器(とくに脳)が血流を一定に保つ自動調節能が低下する。 このため、高齢者の高血圧には、収縮期高血圧、血圧変動の大きさ、起立性低血圧、急激な降圧による脳虚血といった特徴が現れる。本問は、これらの知識をもとに各選択肢を判断する問題である。
選択肢考察
- ×a. 拡張期血圧が高い。
高齢者で典型的なのは、収縮期血圧が高く拡張期血圧は正常か低めという「収縮期高血圧(孤立性収縮期高血圧)」である。疫学的には、収縮期血圧は年齢とともに上がり続ける。一方、拡張期血圧は50~60歳代でピークを迎え、それ以降は下がっていく。そのため脈圧が大きくなる。拡張期血圧が高いのは、末梢の血管抵抗が上がる比較的若い人の本態性高血圧でよくみられるパターンである。
- ×b. 血圧の日内変動が小さい。
高齢者では、動脈の緩衝機能と圧受容器反射がともに低下している。そのため、体位の変化、食事、入浴、精神的な興奮などによって血圧が大きく揺れ動き、血圧の変動性(日内変動や日間変動)は大きくなる。早朝に血圧が急に上がるモーニングサージや、食後に血圧が下がる食後低血圧もみられやすい。また、診察室でだけ血圧が高くなる白衣高血圧も多い。このため、家庭血圧や24時間自由行動下血圧測定(ABPM)による評価が重要である。なお、夜間に血圧が十分下がらない型(non-dipper)や、夜間にかえって上がる型(riser)も高齢者に多い。つまり、夜間降圧の程度は小さくなりうる。しかし、全体として「変動が小さい」とはいえない。
- ×c. 起立時に血圧が上昇しやすい。
立ち上がると、重力によって血液が下肢の静脈にたまり、心臓に戻る血液が減る。健常者では、圧受容器反射が交感神経を働かせて心拍数と末梢血管抵抗を上げ、血圧を保つ。高齢者ではこの反射が鈍っているため、起立時に血圧が下がりやすい。立ちくらみ、めまい、転倒、失神の原因となる起立性低血圧が起こりやすいのである。起立性低血圧は、起立後3分以内に収縮期血圧が20mmHg以上、または拡張期血圧が10mmHg以上低下するものと定義される。降圧薬(とくにα遮断薬や利尿薬)がこれを悪化させることもあるため、高齢者では立った姿勢での血圧測定も勧められる。
- ○d. 脳血流の自動調節能が低下している。
脳血流の自動調節能とは、平均血圧がある範囲内で変動しても、脳の細い動脈が広がったり縮んだりして、脳血流量をほぼ一定に保つ仕組みである。この機能は、加齢、長く続く高血圧、脳卒中の既往などによって低下する。長い間高血圧が続いていた人では、調節できる範囲そのものが高い血圧の側へずれている(右方移動)。そのため、若年者なら問題にならない程度の血圧低下でも、脳血流が減って脳虚血症状(ふらつき、意識障害、脳梗塞など)を起こしうる。これが、高齢者で降圧を緩やかに行う根拠の一つである。高齢者の高血圧の特徴として正しい。
- ×e. 降圧薬の投与で脳血管障害の発症は減少しない。
高血圧は、脳卒中(脳出血・脳梗塞)の最大の危険因子である。高齢者でも、降圧治療によって脳卒中や心血管イベントが減ることが、多くの大規模臨床試験で示されている。代表例が、高齢者の収縮期高血圧を対象としたSHEP、Syst-Eur、80歳以上を対象としたHYVETである。日本でも、降圧治療が普及するにつれて脳卒中、とくに高血圧性脳出血が大きく減った。したがって「減少しない」は誤りである。
加齢に伴う血圧調節の変化
・大動脈の弾力性が低下する(Windkessel機能の低下)→ 収縮期血圧の上昇、拡張期血圧の低下、脈圧の増大。 ・脈波伝播速度が速くなり、反射してきた圧波が収縮期のうちに戻ってくる → 収縮期血圧がさらに上がる。 ・圧受容器反射の感受性が低下する → 起立性低血圧、食後低血圧、血圧変動の増大。 ・臓器血流の自動調節能が低下する → 過度な降圧による脳・腎・心の虚血。 ・腎機能の低下や食塩感受性の増加 → 食塩摂取量の影響を受けやすい。
高齢者高血圧の臨床的特徴
・収縮期高血圧と脈圧の増大 ・血圧変動が大きい(白衣高血圧、モーニングサージ、夜間の降圧不良) ・起立性低血圧、食後低血圧 ・動脈硬化による偽性高血圧(カフで圧迫しても硬い動脈がつぶれず、測定値が実際より高く出る) ・臓器障害や合併症が多く、多剤併用になりやすい
高齢者の降圧治療の原則
・降圧治療は、高齢者でも脳卒中・心血管疾患を減らす。 ・少量から始め、数週間から数か月かけて緩やかに降圧する。 ・起立時の血圧を確認し、ふらつきや認知機能、腎機能の変化に注意する。 ・降圧目標は年齢や全身状態、フレイルの有無を考えて個別に設定する。日本高血圧学会のガイドラインでは、改訂のたびに目標値が見直されている。
POINT
・高齢者高血圧の基盤は動脈硬化である → 収縮期高血圧、拡張期血圧の低下、脈圧の増大。 ・圧受容器反射の低下 → 血圧変動が大きい、起立性低血圧が起こりやすい。 ・脳血流の自動調節能の低下 → 急な降圧や過度の降圧で脳虚血を起こしうる。 ・降圧治療は高齢者でも脳卒中を減らす(SHEP、Syst-Eur、HYVETなど)。
