StudyMed医師国家試験

1996年、ようやく終わった隔離―Hansen病が問いかける感染症対策と人権

第106回医師国家試験 H問題 第16問

国試問題にチャレンジ

第106回 H問題 第16問

我が国で1996年まで患者の隔離政策が行われていた感染症はどれか。

  1. a.梅毒
  2. b.結核
  3. c.破傷風
  4. d.腸チフス
  5. e.Hansen病

対話形式の解説

ドクタードクター
今回は、日本の感染症対策の歴史を問う公衆衛生の問題だ。カギは「1996年」という年号。この年に何の法律が廃止されたかを思い出せれば、すぐに答えにたどり着ける。
医学生医学生
隔離政策というと、昔の伝染病予防法で法定伝染病の患者を隔離病舎に入れていた話を思い出します。腸チフスもその対象でしたよね。
ドクタードクター
よく覚えているね。ただ、伝染病予防法が廃止されて感染症法が施行されたのは1999年なんだ。「1996年まで」とは合わない。1996年に廃止されたのは「らい予防法」、つまりHansen病の隔離政策を定めた法律だよ。
医学生医学生
Hansen病ですか。公衆衛生の講義で、療養所の入所者の方のお話をビデオで見たことがあります。
ドクタードクター
それは大切な経験だね。改めて流れを整理しよう。1907年の「癩予防ニ関スル件」で主に放浪する患者の療養所収容が始まり、1931年の癩予防法で在宅患者も含めた全患者の終生隔離へと拡大された。そして戦後1953年のらい予防法でも隔離は維持され、1996年の廃止まで続いたんだ。
医学生医学生
でも、戦後にはもう治療薬があったんですよね。それなのに隔離を続けたんですか。
ドクタードクター
そこがこの問題の核心だ。1940年代にプロミンの有効性が報告され、Hansen病は治る病気になった。しかもらい菌は感染力が極めて弱く、感染しても発病はまれ。医学的根拠が乏しいまま隔離が続き、外出制限や断種・中絶の強制といった重大な人権侵害が起きた。2001年には熊本地裁が国の隔離政策の違憲性を認め、国は控訴せず判決が確定している。
医学生医学生
医学的には不要な隔離を、法律が何十年も続けてしまったんですね。結核はどうでしょう。結核も療養所に入っていたイメージがあります。
ドクタードクター
結核は1951年の結核予防法のもとで命令入所が行われていた。結核予防法は2007年に感染症法へ統合され、結核は2類感染症になった。今でも喀痰塗抹陽性など感染性のある肺結核患者には入院勧告が行われるから、1996年に終わった政策ではないんだ。
医学生医学生
内科の実習で、塗抹陽性の患者さんが陰圧個室に入院していたのを見ました。あれは今も続いている対応なんですね。
ドクタードクター
そう。結核は空気感染するから、感染性のある期間の入院には合理的な理由がある。では梅毒はどうかな。
医学生医学生
性病予防法があったと思いますが、隔離まではしていなかった気がします。
ドクタードクター
その通り。性病予防法では届出や検査・治療が規定されていたけれど、患者の隔離政策はとられていない。性病予防法も1999年の感染症法施行で廃止され、梅毒は今は5類感染症の全数把握で、7日以内の届出だ。
医学生医学生
破傷風は人から人にうつらないので、隔離の意味自体がないですよね。
ドクタードクター
その理解で正しい。破傷風は土壌中の破傷風菌の芽胞が傷口から入り、毒素で開口障害や強直性痙攣を起こす。隔離政策の対象になったことはなく、現在は5類全数把握だ。腸チフスは現在3類感染症で、入院勧告ではなく飲食物を扱う業務などへの就業制限で対応している。
医学生医学生
整理すると、1996年はらい予防法の廃止、1999年は感染症法の施行で伝染病予防法と性病予防法が廃止、2007年に結核予防法が統合、という流れですね。
ドクタードクター
完璧だ。最後に臨床的な視点も添えておこう。感染症法は、過去の感染症患者への差別や偏見への反省に立ち、前文で人権の尊重をうたっている。Hansen病の問題は患者本人だけでなく家族にも及び、2019年には家族への差別被害についても国の責任を認める判決が確定した。医学的には、Hansen病は知覚低下を伴う皮疹や末梢神経の肥厚が特徴で、リファンピシン、ダプソン、クロファジミンの多剤併用療法で治癒する。日本の新規患者は年に数人程度だけど、海外出身の患者さんを診る機会はありうるよ。
医学生医学生
感染症対策は感染を防ぐだけでなく、患者さんの人権とのバランスが大事なんだと実感しました。COVID-19のときの差別の話ともつながりますね。
ドクタードクター
まさにそこだ。医学的根拠に基づかない隔離や偏見がどれほど人を傷つけるか。それを知っておくことは、将来どの診療科に進んでも医師としての土台になるはずだよ。

まとめ

日本で1996年まで隔離政策が続いた感染症はHansen病であり、1907年の「癩予防ニ関スル件」に始まり、1931年の癩予防法で終生隔離へ拡大され、1953年のらい予防法でも維持されたのち、1996年の同法廃止でようやく終了しました。らい菌の感染力は極めて弱く、1940年代以降は治る病気となっていたにもかかわらず隔離が続き、断種・中絶の強制などの人権侵害が生じたことは、2001年の熊本地裁判決で国の責任として認められています。一方、伝染病予防法・性病予防法は1999年の感染症法施行で廃止され、結核予防法は2007年に統合されており、現在は結核が2類(入院勧告あり)、腸チフスが3類(就業制限)、梅毒・破傷風が5類全数把握です。感染症法が前文で人権尊重を掲げる背景にはこうした歴史への反省があり、医学的根拠に基づく感染対策と患者の尊厳を両立させる姿勢は、すべての医師に求められる基本です。

解答・解説

正解はeです

本問は、日本の感染症対策の歴史の中で、患者の人権を大きく損なった隔離政策を問う問題である。キーワードは「1996年」であり、この年に廃止された法律が「らい予防法」である。 Hansen病(ハンセン病)は、らい菌(Mycobacterium leprae)による慢性感染症で、主に皮膚と末梢神経が侵される。感染力は非常に弱く、感染しても発病することはまれであり、1940年代以降は有効な治療薬(プロミン、のちにダプソン・リファンピシン・クロファジミンによる多剤併用療法)で治る病気となった。 それにもかかわらず日本では、1907(明治40)年の法律「癩予防ニ関スル件」で療養所への収容が始まり、1931(昭和6)年の癩予防法で在宅患者も含めた全患者の終生隔離(絶対隔離)へと拡大された。戦後の1953(昭和28)年に制定されたらい予防法でも隔離の方針は維持され、1996(平成8)年に「らい予防法の廃止に関する法律」が施行されるまで続いた。 他の選択肢の感染症は、1996年時点で隔離が終わったものではなく、現在の感染症法(感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律)のもとでの位置づけを含めて区別できるようにしておくとよい。

選択肢考察

  1. ×a.  梅毒

    梅毒は梅毒トレポネーマ(Treponema pallidum)による性感染症である。かつては性病予防法(1948年制定)で届出や検査・治療が規定されていたが、患者を隔離する政策はとられていない。性病予防法は感染症法の施行(1999年)に伴い廃止され、現在の梅毒は5類感染症(全数把握)として、診断した医師は7日以内に届け出る。

  2. ×b.  結核

    結核は結核菌による空気感染(飛沫核感染)する感染症である。1951年制定の結核予防法のもとで、感染性の患者には命令入所(療養所への入所)が行われた。結核予防法は2007年に廃止されて感染症法に統合され、結核は2類感染症となった。現在も、喀痰塗抹陽性などで他者に感染させるおそれのある肺結核患者には入院勧告(必要に応じ入院措置)が行われるため、1996年に隔離政策が終わった疾患ではない。

  3. ×c.  破傷風

    破傷風は、土壌中の破傷風菌(Clostridium tetani)の芽胞が傷口から侵入し、産生される神経毒素(テタノスパスミン)により開口障害や全身の強直性痙攣を起こす疾患である。ヒトからヒトへはうつらないため、患者を隔離する意味はなく、隔離政策の対象になったこともない。現在は5類感染症(全数把握)で、7日以内に届け出る。

  4. ×d.  腸チフス

    腸チフスはチフス菌(Salmonella enterica serovar Typhi)による経口感染症である。1897年制定の伝染病予防法では法定伝染病とされ、患者は伝染病院・隔離病舎に収容された。しかし伝染病予防法が廃止され感染症法が施行されたのは1999年であり、「1996年まで」には当てはまらない。現在は3類感染症で、入院勧告の対象ではなく、飲食物を扱う業務などへの就業制限が行われる。

  5. ○e.  Hansen病

    Hansen病は、1907年の「癩予防ニ関スル件」で患者の療養所収容が始まり、1931年の癩予防法で全患者の終生隔離へと強化された。有効な治療法が確立した後の1953年に制定されたらい予防法でも隔離政策は継続され、患者の外出制限や、断種・中絶の強制など重大な人権侵害が行われた。1996年に「らい予防法の廃止に関する法律」が施行され、ようやく隔離政策が終了した。したがって、1996年まで隔離政策が行われていた感染症はHansen病である。

Hansen病隔離政策の経過

・1907年:法律「癩予防ニ関スル件」制定。主に放浪する患者を療養所へ収容。 ・1931年:癩予防法制定。在宅患者も含めすべての患者を対象とする終生隔離へ。 ・1943年:米国でプロミンの有効性が報告され、治る病気となる(日本では戦後に普及)。 ・1953年:らい予防法制定。患者側の反対運動にもかかわらず隔離政策を継続。 ・1996年:らい予防法廃止。 ・2001年:熊本地方裁判所が、国の隔離政策の違憲性を認める判決を出し、国は控訴せず確定。同年、補償法が制定された。 ・2008年:ハンセン病問題の解決の促進に関する法律(ハンセン病問題基本法)制定。 ・2019年:患者の家族に対する差別被害についても国の責任を認める判決が確定し、家族補償法が制定された。

Hansen病の医学的特徴

・病原体:らい菌(抗酸菌の一種、培地で培養できない)。 ・感染経路:主に未治療の多菌型患者からの長期間の濃厚な接触による鼻・気道からの感染と考えられている。感染力は極めて弱い。 ・症状:知覚低下を伴う皮疹、末梢神経の肥厚、知覚・運動障害。 ・治療:WHOが推奨する多剤併用療法(リファンピシン、ダプソン、クロファジミン)で治癒する。 ・現在の日本での新規患者は年に数人程度であり、感染症法の届出対象にはなっていない。

日本の感染症関連法規の変遷

・伝染病予防法(1897年)、性病予防法(1948年)、エイズ予防法(1989年)は、1998年に制定され1999年に施行された感染症法に統合され廃止された。 ・結核予防法(1951年)は2007年に感染症法に統合された。 ・感染症法は、過去の感染症患者への差別・偏見への反省に立ち、前文で人権の尊重をうたっている。

POINT

・1996年に廃止された「らい予防法」→ Hansen病の隔離政策が終了した年である。 ・Hansen病は感染力が極めて弱く、治療法確立後も隔離が続いた重大な人権侵害として、2001年の熊本地裁判決で国の責任が認められた。 ・感染症法(1999年施行)は人権尊重を前文に掲げ、伝染病予防法・性病予防法・エイズ予防法を統合した。結核予防法は2007年に統合。 ・現行の類型:結核は2類(入院勧告あり)、腸チフスは3類(就業制限)、梅毒・破傷風は5類全数把握(7日以内届出)。

※問題・正答は厚生労働省の公開資料をもとに掲載しています。