外傷がなくても見逃さない―路上でうずくまる高齢者に潜むネグレクトと地域包括支援センター
第106回医師国家試験 F問題 第23問
国試問題にチャレンジ
81歳の女性。路上でうずくまって動けなくなっているところを近隣住民に発見されて搬入された。皮膚に外傷を認めない。認知機能の低下,低栄養および脱水状態を認める。着衣は汚く,不潔な状況である。近隣住民によると,息子との2人暮らしであるが,近所付き合いはほとんどないという。息子とは連絡がとれない。 診療と並行して行うべき対応で適切なのはどれか。
- a.介護保険施設への入所手続きを行う。
- b.地域包括支援センターに連絡する。
- c.医療安全支援センターに連絡する。
- d.社会福祉事務所に連絡する。
- e.医療保護入院させる。
対話形式の解説
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
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医学生
ドクター
医学生
ドクターまとめ
認知機能が低下した高齢者に低栄養・脱水・不潔な身なりがみられ、同居家族と連絡がとれず社会的にも孤立している場合は、外傷がなくても養護者によるネグレクト(介護・世話の放棄)を疑います。高齢者虐待の通報・相談先は市町村であり、その窓口を担う地域包括支援センターに診療と並行して連絡し、事実確認や安全確保、家族支援、介護サービスや措置入所への橋渡しにつなげます。介護保険施設への入所は救急外来で医師が進めるものではなく、医療安全支援センターは医療への苦情相談窓口、福祉事務所は生活保護などの福祉行政機関、医療保護入院は精神障害者の非自発的入院であり、いずれも本例の初期対応には適しません。虐待は確証がなくても疑った段階で通報でき、守秘義務違反にもあたらないことを理解しておくことが、患者の生活を守る医師の役割につながります。
解答・解説
正解はbです
所見の整理
・81歳の女性が路上でうずくまり、動けなくなっていた。 ・皮膚に外傷はなく、殴る・蹴るといった身体的暴力を直接示す所見は見当たらない。 ・認知機能の低下、低栄養、脱水があり、着衣は汚れて不潔である。食事・水分・清潔の維持といった日常の世話が十分に行われていない状態がうかがわれる。 ・息子と2人暮らしだが、近所付き合いはほとんどなく、社会的に孤立している。息子とは連絡がつかない。
背景にある問題の推測
認知機能が低下した高齢者が屋外で動けなくなっていたこと(徘徊の可能性)、低栄養・脱水・不潔な身なりという「必要な世話が欠けている」所見、同居する息子と連絡がとれないことを合わせると、養護者(本例では同居の息子)による介護・世話の放棄、すなわちネグレクト(介護等放棄)が強く疑われる。高齢者虐待防止法(高齢者虐待の防止、高齢者の養護者に対する支援等に関する法律)では、養護者が高齢者の養護を著しく怠ることは虐待の一類型とされている。また、息子自身が病気や生活困窮などで介護できない状況に陥っている可能性もあり、家庭全体への支援が必要なケースでもある。
設問の考え方
まず脱水・低栄養の是正や、動けなくなった原因(骨折、感染症、脳血管障害など)の検索といった医学的診療を行うのは当然である。そのうえで「診療と並行して」求められるのは、虐待の疑いを行政の窓口に知らせ、退院後の生活も含めた支援の体制づくりにつなげることである。高齢者虐待を疑ったときの通報・相談先は市町村であり、その窓口機能の多くを担っているのが地域包括支援センターである。医師は職務上高齢者虐待を発見しやすい立場にあり、早期発見に努めるとともに、疑った段階で通報することが求められる(虐待であるとの確証は不要)。
選択肢考察
- ×a. 介護保険施設への入所手続きを行う。
介護保険施設(特別養護老人ホーム、介護老人保健施設など)へ入所するには、通常は要介護認定を受けたうえで本人・家族と施設との契約が必要であり、搬入直後の救急の場で医師が手続きを進めるものではない。虐待が疑われ緊急に保護が必要な場合には、市町村が老人福祉法に基づく「やむを得ない事由による措置」として施設入所を決定する仕組みがあるが、その判断は通報を受けた市町村側が関係者と協議して行う。まず行うべきは通報・相談である。
- ○b. 地域包括支援センターに連絡する。
地域包括支援センターは、介護保険法に基づき市町村が設置(または委託)する機関で、保健師(または経験のある看護師)、社会福祉士、主任介護支援専門員(主任ケアマネジャー)が配置され、高齢者の総合相談、権利擁護(虐待の早期発見・対応、成年後見制度の利用支援など)、介護予防ケアマネジメントなどを担う。多くの市町村で高齢者虐待の通報・相談窓口となっており、事実確認、安全の確保、息子への連絡・支援、介護サービスや必要に応じた措置入所への橋渡しまで一貫して対応できる。ネグレクトが疑われる本例で、診療と並行して連絡する先として最も適切である。
- ×c. 医療安全支援センターに連絡する。
医療安全支援センターは医療法に基づき都道府県・保健所設置市などに設けられ、住民や患者からの医療に関する苦情・心配・相談に応じたり、医療機関へ医療安全に関する助言・情報提供を行ったりする機関である。高齢者虐待への対応や福祉的支援を担う機関ではなく、本例とは関係がない。
- ×d. 社会福祉事務所に連絡する。
福祉事務所(社会福祉法上は「福祉に関する事務所」)は都道府県・市などに置かれる行政機関で、生活保護の決定・実施をはじめ、福祉六法に定める援護・育成・更生の措置に関する事務を行う。生活困窮があれば将来関わる可能性はあるものの、高齢者虐待防止法上の通報・相談の中心的窓口ではなく、虐待の事実確認や高齢者の総合的な支援の調整を担うのは市町村(地域包括支援センター)である。診療と並行して最初に連絡する先としては適切でない。
- ×e. 医療保護入院させる。
医療保護入院は精神保健福祉法に基づく精神科病院への非自発的入院の形態で、精神保健指定医の診察により、精神障害者であって医療と保護のために入院が必要であり、かつその精神障害のために本人が任意入院を行える状態にないと判定された場合に、家族等の同意(家族等がいない、または意思表示できない場合は市町村長の同意)を得て行う。本例の問題の中心は脱水・低栄養などの身体的な状態と、虐待が疑われる養護環境であり、精神科での強制的な入院が必要な状況ではない。入院加療が必要なら一般病床での入院とすべきであり、医療保護入院は適応外である。
高齢者虐待防止法の要点
・対象は65歳以上の高齢者で、虐待の主体は「養護者(現に養護している家族など)」と「養介護施設従事者等」である。 ・虐待の5類型:身体的虐待(暴行による外傷やそのおそれ)、介護・世話の放棄・放任(ネグレクト:減食、長時間の放置、同居人による虐待の放置など、養護を著しく怠ること)、心理的虐待(暴言、拒絶的な対応など)、性的虐待、経済的虐待(年金や財産を不当に処分・使用すること)。 ・通報:養護者による虐待を受けたと思われる高齢者を発見した者は、生命または身体に重大な危険が生じている場合には市町村へ通報しなければならず(義務)、それ以外の場合も通報するよう努めなければならない。医師・保健師・弁護士など職務上関係のある者は早期発見に努める。通報は守秘義務違反にはあたらない。 ・対応:通報を受けた市町村(地域包括支援センター)は事実確認を行い、必要に応じて立入調査、老人福祉法による措置(施設への一時保護など)、成年後見制度の市町村長申立て、養護者への支援などを行う。
養護者による高齢者虐待の傾向
厚生労働省の調査では、虐待の種別は身体的虐待が最も多く、次いで心理的虐待、介護等放棄(ネグレクト)、経済的虐待の順である。被虐待者は女性が多く、要介護認定を受けている人や認知症を有する人が多くを占める。虐待者は息子が最も多く、続いて夫、娘の順となっている。本例(認知症のある高齢女性と息子の2人暮らし)は典型的な背景といえる。
主な相談・支援機関の役割
・地域包括支援センター:高齢者の総合相談、権利擁護(虐待対応)、介護予防ケアマネジメント、包括的・継続的ケアマネジメント支援。 ・医療安全支援センター:医療に関する苦情・相談への対応、医療安全に関する情報提供。 ・福祉事務所:生活保護などの福祉行政の事務。 ・児童相談所:児童虐待の通告先(市町村・福祉事務所も通告先)。 ・配偶者暴力相談支援センター:配偶者からの暴力(DV)の相談。
POINT
・認知機能低下、低栄養・脱水、不潔な身なり、同居家族と連絡不能 → ネグレクト(介護等放棄)による高齢者虐待を疑う。 ・高齢者虐待の通報先は市町村で、その窓口を担うのが地域包括支援センター。 ・虐待は確証がなくても疑った段階で通報する。通報は守秘義務違反にならない。 ・医療保護入院は精神障害者の非自発的入院であり、身体的問題や社会的保護のための手段ではない。 ・医療安全支援センターは医療への苦情・相談窓口であり、虐待対応機関ではない。
