転ぶ7歳児、病変は「橋」―脳幹の地図で症状を読み解く
第104回医師国家試験 I問題 第57問
国試問題にチャレンジ
7歳の男児。2週前から歩行時に転倒することを主訴に来院した。頭部造影MRIのT1強調矢状断像(A)と横断像(B)とを別に示す。 神経学的診察でみられるのはどれか。2つ選べ。

- a.失行
- b.視野障害
- c.感覚性失語
- d.眼球運動障害
- e.顔面神経麻痺
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
小児の橋に発生する腫瘤の代表は脳幹(橋)神経膠腫であり、本問は病変の局在から症候を予測する問題です。橋には外転神経核・顔面神経核・PPRF・MLF・錐体路・中小脳脚が密集しているため、外転神経麻痺や水平注視麻痺などの眼球運動障害、末梢性の顔面神経麻痺に加え、対側片麻痺や運動失調が生じます。一方、失行や感覚性失語は大脳皮質、視野障害は視神経から後頭葉に至る視覚路の障害であり、橋の病変では起こりません。脳幹神経膠腫は切除困難で放射線治療が中心となり、予後はきわめて不良です。「中脳III・IV、橋V〜VIII、延髄IX〜XII」という脳幹の地図を手がかりに局在から症状を読み解く力は、脳幹病変全般の診断の基礎になります。
解答・解説
正解はd, eです
所見の整理
・7歳の男児が、2週前という比較的短い経過で「歩行時に転倒する」ようになった。小児の亜急性に進行する歩行障害であり、脳幹・小脳の病変、脊髄病変、筋疾患などを考えて画像を読む。 ・頭部造影MRI T1強調像:矢状断像(A)では、中脳の下方、延髄の上方に位置する橋の内部に、周囲がリング状に造影される類円形の腫瘤がある。内部は低信号である。横断像(B)でも、第四脳室・小脳の前方にある橋の中央部に同様のリング状増強病変が確認され、橋を内側から膨隆させている。大脳半球(前頭葉・頭頂葉・側頭葉)や鞍上部(下垂体・視交叉周囲)には病変がない。
診断の考え方
小児の橋内に発生する腫瘤としては脳幹神経膠腫(橋神経膠腫)が代表的である。リング状増強という画像だけからは脳膿瘍を完全には否定できないが、発熱など感染を示す情報はなく、いずれにしても「病変が橋にある」という局在が設問を解く鍵である。
設問の考え方
本問は診断名よりも、橋に病変があると神経学的にどのような症候が出るかを問う、脳幹の局在診断の問題である。橋には、 ・外転神経(第VI脳神経)核:眼球を外側へ動かす ・顔面神経(第VII脳神経)核とその線維:表情筋を支配する。顔面神経の線維は外転神経核の周りを回り込む(顔面神経膝) ・傍正中橋網様体(PPRF):水平方向の注視の中枢 ・内側縦束(MLF):外転神経核と対側の動眼神経核(内直筋)を結び、両眼を協調させる ・三叉神経(第V脳神経)核、蝸牛・前庭神経核 ・錐体路(皮質脊髄路)、内側毛帯などの長い伝導路 ・中小脳脚(小脳への連絡路) が密集している。したがって橋の腫瘍では、眼球運動障害(外転神経麻痺、水平注視麻痺、MLF症候群)、顔面神経麻痺などの脳神経症状に加え、錐体路障害による片麻痺・痙性や小脳性の運動失調が生じる。本例の転倒も、錐体路障害や運動失調による歩行障害と考えられる。一方、失行・失語のような大脳皮質の症状や、視覚路の障害による視野障害は、橋の病変では生じない。
選択肢考察
- ×a. 失行
失行とは、運動麻痺・運動失調・不随意運動・感覚障害がなく、行うべき動作も理解しているのに、目的に沿った動作を正しく行えない状態である。観念運動失行、観念失行、着衣失行、構成失行などがあり、主に頭頂葉(特に優位半球の縁上回付近)や脳梁など大脳の病変で起こる高次脳機能障害である。本例の病変は橋に限局しており、大脳皮質の障害はないため失行はみられない。
- ×b. 視野障害
視野障害は、網膜から視神経・視交叉・視索・外側膝状体・視放線・後頭葉視覚野に至る視覚路のどこかが障害されて生じる。例えば鞍上部の腫瘍(頭蓋咽頭腫、下垂体腺腫など)による視交叉圧迫では両耳側半盲、側頭葉・頭頂葉・後頭葉の病変では同名半盲などが生じる。視覚路は橋を通らないため、橋に限局した病変では視野障害は起こらない。なお、脳幹のうち視覚路に最も近いのは中脳(外側膝状体・視索の近傍)である。
- ×c. 感覚性失語
感覚性失語(Wernicke失語)は、優位半球(多くは左)の上側頭回後部にあるWernicke野の障害で起こる。流暢に話すが言い誤り(錯語)が多く、言語の理解が著しく障害されるのが特徴である。大脳皮質の障害による症状であり、橋の病変では起こらない。脳幹病変では、構音に関わる筋の麻痺や失調による構音障害は生じうるが、言語そのものの障害である失語は生じない。
- ○d. 眼球運動障害
橋の被蓋部には、外転神経核、水平注視の中枢である傍正中橋網様体(PPRF)、内側縦束(MLF)が存在する。外転神経核・神経が障害されると患側眼の外転障害(外転神経麻痺)と複視が生じ、PPRFや外転神経核の障害では患側への水平注視麻痺が起こる。MLFが障害されると、側方視の際に患側眼が内転できず、対側眼に眼振がみられるMLF症候群(核間性眼筋麻痺)となる。さらに両者が合わさると one-and-a-half 症候群を呈する。橋の腫瘍では外転神経麻痺は初発症状として特に多く、眼球運動障害は典型的にみられる。
- ○e. 顔面神経麻痺
顔面神経核は橋の下部の被蓋外側にあり、そこから出た線維は外転神経核の背側を回り込んで(顔面神経膝)橋の外側から脳幹を出る。橋の腫瘍では顔面神経核や神経線維が障害されやすく、病側の額のしわ寄せ・閉眼・口角挙上がすべて障害される末梢性(核・核下性)の顔面神経麻痺が生じる。外転神経と顔面神経は解剖学的に近接しているため、両者の麻痺が同時にみられることが多く、これに対側の片麻痺が加わると Millard-Gubler 症候群となる。
脳幹神経膠腫(びまん性正中神経膠腫)
・小児脳腫瘍の約10〜15%を占める。好発年齢は5〜10歳前後で、多くは橋に発生する。 ・小児の橋に発生するびまん性の神経膠腫は、かつて diffuse intrinsic pontine glioma(DIPG)と呼ばれた。現在のWHO分類(2021年)では、多くがヒストンH3遺伝子のK27変異を有する「びまん性正中神経膠腫、H3 K27変化型」に分類され、最も悪性度の高いグレード4に位置付けられる。 ・症状:外転神経麻痺・顔面神経麻痺などの脳神経症状、錐体路障害(片麻痺、痙性、腱反射亢進、Babinski徴候)、小脳症状(運動失調、歩行障害)が短期間に進行する。脳神経症状・錐体路症状・小脳症状の3つがそろうのが典型的である。水頭症による頭蓋内圧亢進症状は比較的遅れて出ることが多い。 ・画像:MRIで橋が全体的に腫大し、T1強調像で低信号、T2強調像で高信号を示す。造影効果は乏しいことが多いが、一部にリング状増強や壊死を伴うことがある。 ・治療・予後:橋の中にびまん性に浸潤するため外科的切除は困難であり、放射線照射が治療の中心となる。症状は一時的に改善するが、生存期間中央値は約1年と予後はきわめて不良である。化学療法の有効性は確立していない。
橋の主な構造と障害時の症候
・外転神経核・神経:患側眼の外転障害、複視 ・顔面神経核・神経:病側の末梢性顔面神経麻痺 ・PPRF:患側への水平注視麻痺 ・MLF:MLF症候群(患側眼の内転障害、対側眼の外転時眼振。輻輳は保たれる) ・三叉神経核:顔面の感覚障害、咀嚼筋の筋力低下 ・蝸牛・前庭神経核:難聴、めまい、眼振 ・皮質脊髄路:対側の片麻痺 ・中小脳脚:同側の運動失調
代表的な橋の交代性症候群
・Millard-Gubler症候群:病側の外転神経麻痺・顔面神経麻痺+対側の片麻痺 ・Foville症候群:病側への水平注視麻痺・顔面神経麻痺+対側の片麻痺
病変部位と症状の対応(本問の誤答肢)
・失行:頭頂葉などの大脳病変 ・感覚性失語:優位半球の上側頭回後部(Wernicke野) ・運動性失語:優位半球の下前頭回後部(Broca野) ・視野障害:視覚路(視神経〜後頭葉)の病変。両耳側半盲は視交叉、同名半盲は視交叉より後方の病変
POINT
・小児の橋に発生する腫瘍=脳幹(橋)神経膠腫が代表。予後はきわめて不良。 ・橋の病変では、外転神経麻痺・水平注視麻痺・MLF症候群などの眼球運動障害と、顔面神経麻痺がみられる。 ・これに錐体路障害(対側片麻痺)と小脳症状(運動失調、歩行障害)が加わる。 ・失行・失語は大脳皮質の症状、視野障害は視覚路の症状であり、橋の病変では起こらない。 ・脳幹の脳神経核の高さ:中脳=III・IV、橋=V・VI・VII・VIII、延髄=IX・X・XI・XII。
