麻痺がないのに危ない理由―小脳出血で本当に警戒すべき「意識の急変」
第104回医師国家試験 H問題 第28問
国試問題にチャレンジ
69歳の男性。家族と夕食中に,突然,頭痛と気分不良とを訴え,症状が出てから2時間後に家族に伴われて来院した。5年前から降圧薬を服用していた。意識はやや混濁しており,嘔吐を繰り返している。明らかな四肢麻痺は認められない。頭部単純CTを別に示す。 急速な増悪が予想されるのはどれか。

- a.意識障害
- b.四肢麻痺
- c.血圧低下
- d.体温上昇
- e.感覚障害
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
高血圧患者が突然の頭痛、めまい、頻回の嘔吐を訴えながら片麻痺が乏しい場合は小脳出血を疑い、CTで後頭蓋窩の高吸収域を確認します。小脳の前方には脳幹と第4脳室があるため、血腫の拡大や浮腫により脳幹圧迫や急性閉塞性水頭症が起こり、意識障害が急速に進行しやすいのが特徴です。進行すると小脳扁桃ヘルニアから呼吸停止に至るおそれがあり、頭蓋内圧亢進時の血圧はクッシング現象により上昇し、低下は末期の徴候です。最大径3cm以上で増悪する例や水頭症を伴う例では手術が検討されるため、意識レベルの推移を厳重に観察することが重要です。病変部位と周囲の解剖を結びつけて「次に何が起こるか」を予測する考え方は、脳卒中の急性期管理全般に通じる力になります。
解答・解説
正解はaです
所見の整理
・69歳男性、5年来の高血圧で降圧薬を内服中 ・夕食中という活動時に、突然の頭痛と気分不良で発症 ・来院時(発症2時間後)、軽度の意識混濁と反復する嘔吐がある ・明らかな四肢麻痺はない ・頭部単純CTで小脳(後頭蓋窩)に高吸収域を認める
診断へのプロセス
高齢者が活動中に突然発症し、高血圧の既往があることから、まず脳卒中、とりわけ高血圧性脳出血やくも膜下出血を考える。頭痛に加えて嘔吐を何度も繰り返すことは、小脳や前庭系、あるいは頭蓋内圧亢進を示唆する。一方で、被殻出血や視床出血のように錐体路を巻き込む出血なら片麻痺が目立つはずだが、本例では四肢の麻痺がはっきりしない。この「頭痛・めまい感・頻回の嘔吐があるのに麻痺が乏しい」という組み合わせは小脳出血に典型的であり、CTで小脳に高吸収域が確認されることから高血圧性小脳出血と診断できる。
設問の考え方
小脳は後頭蓋窩という狭い区画にあり、すぐ前方に脳幹(橋・延髄)と第4脳室が位置している。ここで血腫が拡大したり周囲に浮腫が生じたりすると、次の二つの機序で状態が急変しうる。 (1) 脳幹の直接圧迫:意識を保つ上行性網様体賦活系が障害され、意識レベルが低下する。 (2) 第4脳室の圧排・閉塞による急性閉塞性水頭症:髄液の流れがせき止められて脳室が拡大し、頭蓋内圧がさらに上昇する。 さらに進行すると大後頭孔へ小脳扁桃が押し込まれる小脳扁桃ヘルニア(大後頭孔ヘルニア)や上行性テント切痕ヘルニアを来し、延髄の呼吸中枢が障害されて呼吸停止に至る。したがって、本例で「急速な増悪」として最も警戒すべきなのは意識障害の進行である。発症時すでに意識がやや混濁している点は、脳幹圧迫や水頭症が始まりつつあるサインとして重視すべきである。
選択肢考察
- ○a. 意識障害
小脳出血では、血腫の拡大や浮腫によって脳幹が直接圧迫されるほか、第4脳室が閉塞して急性水頭症が起こり頭蓋内圧が急上昇する。その結果、脳幹網様体の機能が損なわれて意識レベルが短時間のうちに低下しうる。本例はすでに軽い意識混濁を呈しており、今後最も急速に悪化が予想される症候である。放置すれば小脳扁桃ヘルニアから呼吸停止に至るため、意識レベルの推移(JCS・GCS)を頻回に観察し、悪化すれば緊急手術を検討する。
- ×b. 四肢麻痺
両側の上下肢が麻痺する四肢麻痺は、左右の錐体路がともに障害される橋底部や上位頸髄の病変で生じる。小脳そのものは運動の協調をつかさどる器官であり、小脳出血の主症状は麻痺ではなく、患側の協調運動障害(失調)や体幹失調による起立・歩行困難である。脳幹圧迫が高度になれば運動障害が出ることはあるが、それに先立って意識障害が急速に進むのが通常であり、急速な増悪として最初に予想すべき症候ではない。
- ×c. 血圧低下
頭蓋内出血や急性水頭症で頭蓋内圧が上がると、脳灌流圧を保とうとする反応として血圧はむしろ上昇する。頭蓋内圧亢進に伴う高血圧・徐脈・呼吸の異常の組み合わせはクッシング現象と呼ばれる。血圧が下がるのは脳幹機能が破綻した末期、すなわち死の直前の段階であり、急性期に予想される変化ではない。
- ×d. 体温上昇
体温調節の中枢は視床下部にあり、視床下部や脳幹が広く障害されたときに中枢性高体温がみられることはあるが、小脳出血の初期経過で急速に起こる変化ではない。意識低下に伴う誤嚥性肺炎などで後に発熱することはあるが、それは合併症であり、その前に意識障害の悪化が先行する。
- ×e. 感覚障害
感覚の伝導路は脳幹を通るため、脳幹が圧迫されれば感覚障害が生じる可能性はあるが、急速に進行して病態の主役となる症候ではない。感覚障害が主体となるのは視床出血などである。本例で急な悪化をもたらすのは脳幹圧迫と急性水頭症であり、それが最も鋭敏に表れるのは意識レベルである。
高血圧性脳出血の部位別頻度と特徴
・被殻出血(約40%):対側片麻痺、感覚障害、病側への共同偏視 ・視床出血(約30%):対側感覚障害(強い)、片麻痺、下方共同偏視(鼻先を見つめる眼位)、脳室穿破しやすい ・皮質下出血(約10%):出血部位に応じた皮質症状(失語、半盲など)、けいれん ・小脳出血(約10%):突然の後頭部痛、回転性めまい、頻回の嘔吐、起立・歩行困難(体幹失調)、病側と反対方向への共同偏視、片麻痺はないか乏しい ・橋出血(約10%):急速な昏睡、四肢麻痺、著明な縮瞳(pinpoint pupil)、眼球の正中固定、高体温、呼吸異常
小脳出血の治療方針
後頭蓋窩は余裕が少ないため、テント上の出血に比べて小さめの血腫でも致命的になりうる。脳卒中治療ガイドラインでは、最大径3cm以上で神経学的症候が増悪している例、または脳幹を圧迫し脳室閉塞による水頭症を来している例に、血腫除去術(後頭下開頭)が勧められている。水頭症に対しては脳室ドレナージが追加される。血腫が小さく意識清明な例は、血圧管理を中心とする保存的治療で経過をみる。
急性期に観察すべきこと
意識レベル(JCS、GCS)、瞳孔径と対光反射、呼吸パターン、血圧・脈拍(クッシング現象)を繰り返し評価し、悪化があれば直ちにCTを再検して血腫増大や水頭症の有無を確認する。
POINT
・突然の頭痛、めまい、頻回の嘔吐があり、片麻痺が乏しい高血圧患者では小脳出血を疑う。 ・小脳出血は脳幹圧迫と第4脳室閉塞による急性水頭症を来しやすく、意識障害が急速に進行する。 ・進行すると小脳扁桃ヘルニアで呼吸停止に至るため、意識レベルの推移を厳重に観察する。 ・頭蓋内圧亢進では血圧は上昇する(クッシング現象)。血圧低下は末期の徴候である。 ・最大径3cm以上で増悪例や、脳幹圧迫・水頭症を伴う例は手術適応となる。
