なぜその病原体が狙われるのか―条件から読み解くバイオテロの脅威
第104回医師国家試験 A問題 第7問
国試問題にチャレンジ
バイオテロリズムに用いられる可能性の高い病原体はどれか。3つ選べ。
- a.炭疽菌
- b.破傷風菌
- c.ペスト菌
- d.ポリオウイルス
- e.天然痘ウイルス
対話形式の解説
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医学生まとめ
バイオテロに使われやすい病原体には、致死率が高い、エアロゾルで散布できる、培養・保存・兵器化が容易、一般の人々が免疫を持たない、社会不安を招くといった共通点があります。CDCは最も危険度の高いカテゴリーAに炭疽、ペスト、天然痘、ボツリヌス毒素、野兎病、ウイルス性出血熱を挙げており、炭疽は2001年の米国で実際に使用され、天然痘は根絶後の種痘中止で免疫を持たない人が多いことから特に警戒されています。一方、土壌由来でヒトからヒトへ感染しない破傷風菌や、大半が不顕性感染に終わり予防接種も普及しているポリオウイルスはテロには不向きです。病原体の性質から危険性を推論する考え方は、感染症法の分類や健康危機管理を理解するうえでも役立ち、異常な集団発生に最初に気づく臨床医の役割にも直結します。
解答・解説
正解はa, c, eです
バイオテロリズム(生物兵器テロ)とは、病原微生物やその毒素を意図的に散布し、多数の人に健康被害を与えて社会に混乱や恐怖をもたらす行為である。テロに選ばれやすい病原体には共通する性質があり、それを知っていれば個々の病原体を暗記していなくても判断できる。
テロに使われやすい病原体の条件
・致死率や重症化率が高い ・少量で感染が成立し、エアロゾル(空気中に漂う微粒子)として散布できる ・ヒトからヒトへ二次感染し、被害が拡大しうる(炭疽のように二次感染しないものもある) ・培養・大量生産・保存・兵器化が比較的容易である ・早期診断が難しく、一般の人々がワクチンによる免疫を持っていない ・社会に強い不安やパニックを引き起こす
考え方
米国疾病予防管理センター(CDC: Centers for Disease Control and Prevention)は、テロに使われうる病原体を危険度の高い順にカテゴリーA・B・Cに分類している。最も危険なカテゴリーAには、炭疽、ペスト、天然痘、ボツリヌス症(ボツリヌス毒素)、野兎病、ウイルス性出血熱(エボラ、マールブルグ、ラッサなど)が含まれる。選択肢のうち炭疽菌、ペスト菌、天然痘ウイルスがこれに該当する。一方、破傷風菌やポリオウイルスは上記の条件を満たさず、分類にも含まれていない。
選択肢考察
- ○a. 炭疽菌
炭疽菌(Bacillus anthracis)はグラム陽性の芽胞形成桿菌である。芽胞は乾燥や熱に強く、長期間保存でき、粉末化してエアロゾルとして散布しやすい。芽胞を吸い込んで起こる吸入炭疽は、縦隔リンパ節炎や出血性縦隔炎、敗血症を来し、治療しなければ致死率が非常に高い。ヒトからヒトへはほとんど感染しないが、兵器化の容易さと重症度からCDCのカテゴリーAに分類されている。実際に2001年、米国同時多発テロ直後に芽胞入りの封筒が郵送され、吸入炭疽を含む患者が発生し死者も出た。
- ×b. 破傷風菌
破傷風菌(Clostridium tetani)は土壌中に存在する偏性嫌気性菌で、傷口から侵入し、嫌気的な環境で増殖して神経毒素(テタノスパスミン)を産生することで発症する。呼吸器からの感染やヒトからヒトへの感染は起こらないため、多数の人に同時に感染させることは困難である。また破傷風トキソイドによる予防接種が広く行われている。以上からテロには不向きであり、CDCの分類にも含まれていない。
- ○c. ペスト菌
ペスト菌(Yersinia pestis)はグラム陰性桿菌で、自然界ではノミを介してネズミなどのげっ歯類からヒトに感染する(腺ペスト)。エアロゾルとして散布されると肺ペストを起こし、肺ペスト患者の飛沫によりヒトからヒトへ感染が広がる。肺ペストは急速に進行し、早期に抗菌薬を投与しなければ致死率が極めて高い。CDCのカテゴリーAに分類される。歴史的にも、中世の攻城戦でペストによる死者の遺体を城内へ投げ込んだとされる記録や、第二次世界大戦中に感染ノミを散布した事例があり、生物兵器として用いられてきた。
- ×d. ポリオウイルス
ポリオウイルスは経口感染(糞口感染)するエンテロウイルスで、感染しても大部分は不顕性感染か軽い症状で終わり、急性弛緩性麻痺を起こすのは感染者の1%未満である。致死率も低く、ワクチンの定期接種により多くの人が免疫を持っている。したがってテロで大きな被害を生じさせる病原体としては適さず、CDCの分類にも含まれていない。
- ○e. 天然痘ウイルス
天然痘(痘瘡)ウイルスは飛沫・空気感染でヒトからヒトへ効率よく広がり、致死率は約20〜30%以上に達する。1980年にWHO(世界保健機関)が根絶を宣言して以降、種痘(天然痘ワクチン)の定期接種が中止されたため、現在では多くの人が免疫を持たない。ウイルスは米国とロシアの研究施設で公式に保管されているが、それ以外に流出していた場合の脅威は大きい。これらの理由からCDCのカテゴリーAに分類され、最も警戒すべき病原体の一つとされる。
CDCによるバイオテロ病原体の分類
・カテゴリーA(最も危険度が高い。容易に散布・伝播し、致死率が高く、社会的混乱が大きく、特別な公衆衛生上の備えが必要) 炭疽、ボツリヌス症(ボツリヌス毒素)、ペスト、天然痘、野兎病、ウイルス性出血熱(エボラ出血熱、マールブルグ病などのフィロウイルス感染症、ラッサ熱などのアレナウイルス感染症) ・カテゴリーB(中等度に散布しやすく、致死率は比較的低い) ブルセラ症、Q熱、鼻疽、類鼻疽、オウム病、発疹チフス、ウイルス性脳炎(ベネズエラ・東部・西部ウマ脳炎)、食品を介する病原体(サルモネラ、赤痢菌、腸管出血性大腸菌O157など)、水を介する病原体(コレラ菌、クリプトスポリジウムなど)、毒素(リシン、ブドウ球菌エンテロトキシンB、ウェルシュ菌ε毒素) ・カテゴリーC(将来、大量生産・散布が可能になりうる新興感染症の病原体) ニパウイルス、ハンタウイルスなど
歴史上の主な事例
・2001年 米国:炭疽菌芽胞入りの郵便物によるテロ(22人が発症し、5人が死亡) ・1995年 日本:オウム真理教による地下鉄サリン事件は化学テロであるが、同教団はそれ以前に炭疽菌やボツリヌス毒素の散布も試みていた
日本の対応
感染症法では、天然痘・ペスト・エボラ出血熱などを一類感染症に、炭疽を四類感染症に位置づけている。また、テロに悪用されうる病原体は特定病原体等として一種〜四種に区分され、所持・輸入・運搬などが規制されている。
POINT
・バイオテロに使われやすい病原体:致死率が高い、エアロゾルで散布できる、培養・保存・兵器化が容易、一般の人々が免疫を持たない、社会不安を招く ・CDCカテゴリーA:炭疽、ペスト、天然痘、ボツリヌス、野兎病、ウイルス性出血熱 ・炭疽は2001年の米国で実際にテロに使われた ・天然痘は根絶後に種痘が中止され、多くの人が免疫を持たないため脅威が大きい ・破傷風菌(土壌由来でヒトからヒトへ感染しない)とポリオウイルス(多くは不顕性感染)はテロに不向き
