StudyMed医師国家試験

乳頭が引き寄せられ、皮膚がえくぼをつくる―乳房のしこりは「引き込み」で悪性を見抜く

第102回医師国家試験 A問題 第55問

国試問題にチャレンジ

第102回 A問題 第55問

40歳の女性。左乳房のしこりを主訴に来院した。左の乳頭が右に比べて頭側にある。左乳房上外側に腫瘤を触知し,同部位に皮膚の陥凹を認める。  正しいのはどれか。2つ選べ。

  1. a.乳頭の偏位は良性を示す。
  2. b.皮膚の陥凹は良性を示す。
  3. c.超音波検査を行う。
  4. d.乳房エックス線単純撮影〈マンモグラフィ〉を行う。
  5. e.外科的生検を直ちに実施する。

対話形式の解説

ドクタードクター
今回は乳房のしこりから乳癌を疑い、次に何をすべきかを考える問題だよ。注目してほしいのは、しこりそのものより、その周りで起きている「引き込まれる変化」だ。乳頭の位置のずれと皮膚のへこみ、この2つを良性・悪性どちらのサインと読むかがカギになる。
医学生医学生
しこりの側に乳頭が寄っているということは、腫瘤が乳頭を引っ張っているんでしょうか。
ドクタードクター
その通り。腫瘤は上外側にあって、乳頭はそちらに引かれて頭側にずれている。乳癌は周囲に浸潤しながら線維化を起こし、組織を縮めるんだ。その結果、乳頭の下の乳管や結合組織が腫瘍の方向へ引き込まれる。乳頭陥凹と同じ仕組みだね。
医学生医学生
では乳頭の偏位は良性のサインではなく、悪性を疑う所見ということですね。皮膚のへこみも同じ理屈ですか。
ドクタードクター
そう。乳房には皮膚と乳腺をつなぐCooper靱帯という線維の束が張り巡らされている。癌がこの靱帯に浸潤して短縮させると、皮膚が内側に引き込まれてえくぼのようにへこむ。これがえくぼ症状、dimpling signだ。軽いものは乳房を持ち上げたり寄せたりすると目立ってくる。
医学生医学生
解剖実習で乳房を剖出したとき、Cooper靱帯は意外と細かい線維だなと思った記憶があります。あれが引っ張られるんですね。
ドクタードクター
いい記憶だね。一方、線維腺腫のような良性腫瘍は被膜をもつように押し広げて膨張性に育つから、周りを引き込まない。だから乳頭偏位も皮膚陥凹も通常は起こさないんだ。つまり乳頭の偏位も皮膚の陥凹も、どちらも良性を示すという記述は誤り。むしろ乳癌を強く疑う所見だよ。
医学生医学生
それに上外側は乳癌の好発部位でしたよね。年齢的にも40歳代は罹患のピークに入ると習いました。
ドクタードクター
よく押さえているね。上外側は乳腺組織が最も多く、乳癌のおよそ半数がここに発生する。では乳癌を疑ったら、次に何をする?
医学生医学生
確定診断が必要なので、すぐに切って調べる外科的生検でしょうか。
ドクタードクター
そこが落とし穴だ。いきなり切るのではなく、まず画像で病変の性状と広がりを評価するのが原則。その基本がマンモグラフィと超音波検査の2本柱なんだ。
医学生医学生
両方やる必要があるんですか。どちらか一方でよさそうな気もします。
ドクタードクター
互いの弱点を補い合うから、併用が基本なんだ。マンモグラフィは乳房を圧迫して薄く広げて撮影し、辺縁が不整でスピキュラを伴う腫瘤影や、超音波では捉えにくい微細石灰化を見つけるのが得意。非浸潤癌の発見にも役立つ。一方、乳腺の密度が高い若い人や高濃度乳房では、腫瘤が乳腺に隠れて見えにくいことがある。
医学生医学生
そこを超音波で補うわけですね。被曝もないですし。
ドクタードクター
そう。超音波では腫瘤の形、境界が不整かどうか、縦横比、後方エコーの減弱、境界部高エコー像などから良悪性を評価できる。縦長の腫瘤は悪性を疑うサインだ。腋窩リンパ節も見られるし、超音波ガイド下で針を刺して組織を採るのにも使える。
医学生医学生
じゃあ外科的生検はどこで出番があるんですか。
ドクタードクター
画像で病変を確認したら、穿刺吸引細胞診や針生検といった低侵襲な方法で病理診断をつける。ほとんどはこれで確定できる。切開・摘出による外科的生検は、針生検で診断がつかない場合や、画像と病理の結果が食い違う場合などに限って考える方法だよ。画像検査の前に直ちに行うのは順番が違うんだ。
医学生医学生
視触診、画像、針で確定、という段階を踏むんですね。外科の臨床実習で乳腺外来に付いたとき、超音波を当てながらそのまま針生検していたのを思い出しました。
ドクタードクター
まさにその流れだ。確定診断がついたら、MRIで乳房内の広がりを、CTや骨シンチグラフィで遠隔転移を評価して病期を決め、ホルモン受容体やHER2などのサブタイプを踏まえて治療方針を立てる。身体所見としては、ほかにも皮膚のリンパ管が癌で詰まって毛穴が目立つ橙皮状皮膚や、乳頭からの血性分泌、乳頭・乳輪の湿疹様変化を示すPaget病なども悪性を疑うサインとして覚えておこう。
医学生医学生
OSCEの乳房診察でも、触診の前に視診で左右差や皮膚の変化をよく見るように指導されました。意味がやっとつながりました。
ドクタードクター
それは大事なポイントだよ。しこりを触る前に、乳頭の位置や皮膚のへこみを左右で比べるだけで、悪性を疑う手がかりが得られる。腕を挙げてもらうと、引き込みが目立って見つけやすくなることもある。視診を丁寧に行う習慣をつけておこう。

まとめ

乳頭の偏位や皮膚の陥凹(えくぼ症状)は、乳癌が周囲組織に浸潤・線維化して乳頭下組織やCooper靱帯を引き込むことで生じる、悪性を強く疑わせる所見です。膨張性に発育する線維腺腫などの良性腫瘍では通常みられず、好発部位である上外側の腫瘤であればなおさら乳癌を念頭に置きます。乳癌が疑われたら、まず微細石灰化の検出に優れるマンモグラフィと、高濃度乳房でも腫瘤を描出しやすい超音波検査を併用して評価し、そのうえで穿刺吸引細胞診や針生検で確定診断をつけます。外科的生検は針生検で診断がつかない場合などに限られ、最初に行う検査ではありません。視診で引き込みのサインに気づき、段階を踏んで診断を進める流れは、乳腺診療の基本として臨床でもそのまま役立ちます。

解答・解説

正解はc, dです

所見の整理

・40歳女性、左乳房のしこりが主訴。40歳代は日本人女性の乳癌罹患のピークにあたる年代であり、乳腺症も多い年代である。 ・視診:左乳頭が右に比べて頭側(上方)に位置している。腫瘤が左乳房の上外側にあることから、腫瘤が乳頭を自らの方向へ引き寄せていると解釈できる(乳頭の偏位)。 ・触診:左乳房上外側(C領域)に腫瘤を触知する。上外側は乳腺組織が最も多く、乳癌の発生部位として最多の領域である。 ・同部位に皮膚の陥凹(えくぼ症状、dimpling sign)を認める。

診断へのプロセス

乳頭の偏位や皮膚の陥凹は、腫瘍が周囲の組織に浸潤して線維化・収縮を起こし、乳頭下の組織や皮膚と乳腺をつなぐCooper靱帯(乳房提靱帯)を牽引することで生じる。これらは浸潤性に発育する悪性腫瘍、すなわち乳癌を強く疑わせる所見である。線維腺腫などの良性腫瘍は被膜を持つように膨張性に発育し、周囲を引き込まないため、通常このような所見は示さない。

設問の考え方

乳癌が疑われる乳房腫瘤に対する診断手順が問われている。標準的な流れは次のとおりである。 ①問診・視診・触診 ②画像診断:マンモグラフィ(乳房エックス線撮影)と乳房超音波検査。両者は互いに弱点を補い合う基本検査である。 ③病理診断:画像で病変を確認したうえで、穿刺吸引細胞診(FNAC)や針生検(コア針生検、吸引式乳房組織生検)で組織を採取し確定診断とする。 ④確定後、MRIや造影CT、骨シンチグラフィなどで広がり診断・病期診断を行い、治療方針を決める。 したがって、まず画像検査を行い、いきなり外科的生検を行うことはない。

選択肢考察

  1. ×a.  乳頭の偏位は良性を示す。

    乳頭の偏位は、乳癌が浸潤しながら周囲組織を線維性に収縮させ、乳頭下の乳管や結合組織を腫瘍側へ引き込むことで起こる。本例でも上外側の腫瘤に向かって乳頭が上方へ引かれていると考えられる。乳頭陥凹と同様に悪性を示唆する所見であり、良性を示すとする記述は誤りである。

  2. ×b.  皮膚の陥凹は良性を示す。

    皮膚の陥凹(えくぼ症状、dimpling sign)は、乳癌が皮膚と乳腺を結ぶCooper靱帯に浸潤して短縮させ、皮膚を内側へ引き込むことで生じる。軽微なものは乳房を持ち上げたり寄せたりすると明らかになる(delleと呼ばれることもある)。悪性を強く示唆する所見であり、良性を示すという記述は誤りである。なお、皮膚のリンパ管が癌で閉塞すると毛穴が目立つ皮膚のむくみ(橙皮状皮膚、peau d'orange)が生じ、これも進行乳癌の所見である。

  3. ○c.  超音波検査を行う。

    乳房超音波検査は被曝がなく簡便に行える基本的な画像検査である。腫瘤の形状、境界(不整・不明瞭か)、内部エコー、縦横比(縦長の腫瘤は悪性を疑う)、後方エコーの減弱、境界部高エコー像(halo)などから良悪性を評価でき、腋窩リンパ節の評価も可能である。乳腺の密度が高い若年者や高濃度乳房でも腫瘤を描出しやすく、マンモグラフィの弱点を補う。さらに超音波ガイド下での穿刺吸引細胞診や針生検にも用いられるため、行うべき検査である。

  4. ○d.  乳房エックス線単純撮影〈マンモグラフィ〉を行う。

    マンモグラフィは乳房を圧迫板で挟んで薄く広げ、低エネルギーのエックス線で撮影する乳房専用の検査で、通常は頭尾方向(CC)と内外斜位方向(MLO)の2方向で撮影する。乳癌では辺縁が不整・スピキュラ(棘状突起)を伴う腫瘤影や、微細石灰化(多形性、線状・分枝状、区域性分布など)がみられる。特に超音波では捉えにくい微細石灰化の検出に優れ、非浸潤癌の発見にも有用である。乳癌が疑われる腫瘤に対して超音波検査とともに行うべき基本検査である。

  5. ×e.  外科的生検を直ちに実施する。

    乳房腫瘤の確定診断は、まず画像検査で病変の性状と範囲を評価し、その後に穿刺吸引細胞診や針生検(コア針生検、吸引式乳房組織生検)といった低侵襲な方法で行うのが原則である。これらでほとんどの症例は診断が確定する。切開・摘出による外科的生検は、針生検で診断がつかない場合や画像所見と病理結果が一致しない場合などに限って考慮されるもので、画像検査を行う前に直ちに実施するのは不適切である。

乳癌を疑う身体所見

・硬く、境界不明瞭で可動性の乏しい腫瘤 ・皮膚の陥凹(えくぼ症状、dimpling sign):Cooper靱帯の短縮による ・乳頭の陥凹・偏位:乳頭下組織・乳管の牽引による ・乳頭からの血性分泌 ・橙皮状皮膚(peau d'orange):皮膚リンパ管の癌性閉塞による浮腫 ・皮膚の発赤・腫脹(炎症性乳癌)、潰瘍形成 ・乳頭・乳輪のびらん・湿疹様変化(Paget病) ・腋窩・鎖骨上リンパ節の腫大

良性疾患との比較

・線維腺腫:10~30歳代に多い。弾性硬で表面平滑、境界明瞭、可動性良好。皮膚の陥凹や乳頭偏位は来さない。 ・乳腺症:30~40歳代に多い。月経周期に伴って変化する疼痛や硬結、境界不明瞭な硬結を触れる。 ・葉状腫瘍:急速に増大する大きな腫瘤。

乳癌の疫学

・日本人女性の悪性腫瘍で罹患数第1位。年齢別罹患率は40歳代後半と60歳代前半に2つのピークがある。 ・発生部位は上外側(C領域)が最多(約半数)で、次いで上内側(A領域)である。 ・危険因子:初経が早い・閉経が遅い、未産・高齢初産、授乳歴がない、閉経後の肥満、飲酒、ホルモン補充療法、家族歴、BRCA1/2遺伝子変異など。

乳癌の診断の流れ

視触診 → マンモグラフィ・超音波検査 → 穿刺吸引細胞診・針生検で確定 → MRI(乳房内の広がり評価)、CT・骨シンチグラフィ等(遠隔転移評価) → 病期・サブタイプ(ホルモン受容体、HER2、Ki-67)に基づき治療方針決定。

POINT

・乳頭の偏位・陥凹や皮膚のえくぼ症状は、Cooper靱帯や乳頭下組織の牽引による乳癌の徴候である。 ・乳房腫瘤の画像診断の基本はマンモグラフィと超音波検査の併用である。 ・確定診断は穿刺吸引細胞診や針生検で行い、外科的生検をいきなり行うことはない。 ・乳癌の好発部位は上外側(C領域)。

※問題・正答は厚生労働省の公開資料をもとに掲載しています。