燃えている心臓に負荷はかけない―急性心筋梗塞の初期対応で「やってはいけない検査」
第100回医師国家試験 A問題 第22問
国試問題にチャレンジ
68歳の男性。30分以上続く強い胸痛を主訴に来院した。喫煙30本/日を20年間。身長175cm,体重72kg。脈拍92/分,整。血圧148/90mmHg。心雑音はない。両側下肺野にcoarse cracklesを聴取する。血液所見:赤血球505万,Hb 15.8g/dL,Ht 46%,白血球12,100,血小板22万。血液生化学所見:総蛋白7.5g/dL,総コレステロール224mg/dL,トリグリセリド174mg/dL,AST 75U/L,ALT 26U/L,CK 329U/L(基準10~40),LD 329U/L(基準176~353)。心電図を示す。 対応として誤っているのはどれか。

- a.胸部エックス線撮影
- b.心電図モニター
- c.運動負荷心電図
- d.心エコー検査
- e.冠動脈造影
対話形式の解説
ドクター
医学生
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医学生
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
30分以上持続する胸痛に下壁誘導(II・III・aVF)のST上昇とCK上昇を伴えば、主に右冠動脈閉塞による下壁の急性心筋梗塞と診断でき、LDは遅れて上昇するため発症早期には正常でも矛盾しません。急性期には、致死性不整脈や房室ブロックに備えた心電図モニター、肺うっ血や心不全を評価する胸部エックス線撮影、壁運動と機械的合併症を確認する心エコー検査、そして責任病変を同定してPCIによる再灌流につなげる緊急冠動脈造影を速やかに行います。一方、運動負荷心電図は心筋の酸素需要を増やして虚血を誘発する検査であり、急性冠症候群では梗塞拡大や致死性不整脈、心破裂を招くおそれがあるため禁忌です。下壁梗塞では右室梗塞の合併や硝酸薬による低血圧にも注意が必要です。検査の有用性だけでなく、その時点の病態で安全に行えるかを判断する姿勢は、救急診療の基本となります。
解答・解説
正解はcです
所見の整理
・68歳男性、30分以上持続する強い胸痛。狭心症発作は通常数分〜15分程度で治まるため、30分以上続く胸痛は心筋壊死に至った急性心筋梗塞(AMI)を強く疑わせる。 ・冠危険因子:男性・高齢、喫煙(30本/日×20年=ブリンクマン指数600)、総コレステロール224mg/dL・トリグリセリド174mg/dLと脂質高値。血圧148/90mmHgは疼痛時の値なので高血圧とは断定できないが、少なくとも高めである。BMIは72÷1.75²≒23.5で肥満ではない。 ・身体所見:両側下肺野のcoarse crackles(水泡音)は、左室機能低下による肺うっ血・肺水腫を示す。血圧は保たれており、ショックではない。 ・検査所見:白血球12,100と増多、CK 329U/L(基準の約8倍)、AST 75U/Lと上昇。ALTは正常なので、AST上昇は肝臓ではなく心筋由来と考えられる。LDは基準範囲内であるが、LDは発症後12〜24時間以降に上昇してくる遅いマーカーなので、発症早期であれば正常でも矛盾しない。 ・心電図:II・III・aVFでST上昇を認め、下壁誘導の変化である。
診断
以上より、下壁のST上昇型急性心筋梗塞(STEMI)であり、肺うっ血を伴う状態(Killip分類でII度相当:下肺野に湿性ラ音を聴取する)と判断する。下壁梗塞は多くが右冠動脈の閉塞で起こる。
設問の考え方
問われているのは「急性期に行うべきでない対応」である。急性心筋梗塞の初期対応では、①致死性不整脈への備え(心電図モニター)、②心不全・合併症の評価(胸部X線、心エコー)、③責任血管の同定と再灌流療法(冠動脈造影→経皮的冠動脈インターベンション〈PCI〉)を速やかに行う。一方、心筋の酸素需要を意図的に増やす運動負荷試験は、梗塞の拡大や致死性不整脈を誘発しうるため急性期には禁忌である。
選択肢考察
- ×a. 胸部エックス線撮影
適切な対応である。両側下肺野にcoarse cracklesを聴取しており、左心不全による肺うっ血・肺水腫が疑われる。胸部X線で肺血管陰影の増強、Kerley B線、蝶形陰影、胸水、心拡大の有無を確認し、心不全の重症度を評価する。また大動脈解離(縦隔拡大)など胸痛の他疾患の手がかりを得るうえでも有用であり、侵襲も小さくベッドサイドで撮影できる。
- ×b. 心電図モニター
適切な対応である。急性心筋梗塞の発症早期には心室期外収縮、心室頻拍、心室細動などの致死性不整脈が高頻度に起こり、院外死亡の主因ともなっている。さらに下壁梗塞では右冠動脈が洞結節・房室結節を栄養していることが多いため、洞徐脈や房室ブロックも合併しやすい。直ちに除細動や薬物・ペーシングで対応できるよう、持続的な心電図モニターは必須である。
- ○c. 運動負荷心電図
誤った対応であり、これが正解である。運動負荷心電図は、安静時には虚血が現れない安定狭心症などで、運動により心筋酸素需要を増やして虚血を誘発し診断する検査である。すでに心筋梗塞が進行中の急性冠症候群(急性心筋梗塞・不安定狭心症)で負荷をかけると、虚血・壊死の拡大、致死性不整脈、心破裂などを招く危険があり禁忌である。本例は心電図とCK上昇で診断がほぼついており、負荷試験を行う意義もない。
- ×d. 心エコー検査
適切な対応である。ベッドサイドで非侵襲的に施行でき、局所壁運動異常(下壁の収縮低下)から梗塞部位を推定し、左室駆出率など心機能を評価できる。また乳頭筋不全・断裂による僧帽弁逆流、心室中隔穿孔、心室自由壁破裂による心嚢液貯留、右室梗塞の合併といった機械的合併症の検索にも欠かせない。胸痛の鑑別として大動脈解離や急性肺血栓塞栓症の所見の有無も確認できる。
- ×e. 冠動脈造影
適切な対応である。ST上昇型心筋梗塞では、閉塞した責任冠動脈をできるだけ早く再開通させるほど救える心筋が増え予後が改善する。緊急冠動脈造影で責任病変(下壁梗塞では多くが右冠動脈、時に左回旋枝)の部位と狭窄度を確認し、そのまま経皮的冠動脈インターベンション(PCI)による再灌流療法へ移行する。来院からバルーン拡張までの時間(door-to-balloon time)を90分以内とすることが目標とされる。
急性心筋梗塞の診断
・症状:30分以上持続する胸痛・胸部圧迫感で、ニトログリセリンが無効。高齢者や糖尿病患者では無痛性のこともある。 ・心電図:ST上昇(超急性期にはT波増高)→異常Q波の出現→冠性T波という経時的変化をとる。ST上昇の誘導から梗塞部位を推定する。下壁:II・III・aVF(主に右冠動脈)、前壁中隔:V1〜V4(左前下行枝)、側壁:I・aVL・V5・V6(左回旋枝など)。 ・心筋マーカーの上昇時期の目安:ミオグロビン・H-FABP(ヒト心臓由来脂肪酸結合蛋白)は発症1〜2時間、CK・CK-MBは4〜6時間、心筋トロポニンは3〜4時間で上昇し長期間持続、ASTはCKにやや遅れ、LDは最も遅い(12〜24時間以降)。白血球は発症数時間で増加する。
Killip分類(身体所見による心不全重症度)
I度:心不全徴候なし、II度:軽〜中等度心不全(肺野の50%未満にラ音、III音)、III度:重症心不全・肺水腫(肺野の50%以上にラ音)、IV度:心原性ショック。本例は下肺野のラ音でII度相当である。なお、Forrester分類は肺動脈カテーテルで測定した心係数(2.2L/分/m²)と肺動脈楔入圧(18mmHg)で4群に分けるもので、身体所見のみでは厳密には判定できない。
急性期の初期対応
酸素投与(低酸素血症がある場合)、硝酸薬(右室梗塞・低血圧では慎重に)、鎮痛(モルヒネ)、アスピリンとP2Y12阻害薬の抗血小板薬2剤併用、ヘパリン投与、そして緊急冠動脈造影とPCIによる再灌流療法。PCIが速やかに施行できない場合は血栓溶解療法も選択肢となる。
運動負荷試験の主な禁忌
急性心筋梗塞の急性期(発症早期)、不安定狭心症、コントロール不良の不整脈、症候性の重症大動脈弁狭窄症、非代償性心不全、急性肺塞栓症、急性心筋炎・心膜炎、急性大動脈解離など。
POINT
・30分以上の胸痛+ST上昇(II・III・aVF)+CK上昇 → 下壁の急性心筋梗塞(主に右冠動脈) ・急性心筋梗塞・不安定狭心症(急性冠症候群)に運動負荷試験は禁忌 ・急性期は心電図モニター(致死性不整脈)、胸部X線・心エコー(心不全・機械的合併症)、緊急冠動脈造影→PCI(再灌流) ・下壁梗塞では房室ブロック・洞徐脈、右室梗塞の合併に注意 ・肺野のラ音はKillip分類で心不全重症度を評価
