30分のめまいと耳鳴り―「内リンパ水腫」を抜く治療を選べるか
第117回医師国家試験 A問題 第19問
国試問題にチャレンジ
43歳の女性。めまいを主訴に来院した。約30分持続する回転性めまいを反復する。めまいの際に右耳の耳閉感とジーという耳鳴を伴う。鼓膜に異常を認めない。純音聴力検査で右耳に中等度の感音難聴を認める。頭位眼振検査で左向き水平眼振を認める。頭部MRIで異常を認めない。 治療として適切なのはどれか。
- a.水分制限
- b.頭位治療
- c.利尿薬投与
- d.抗ウイルス薬投与
- e.ガンマグロブリン投与
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
蝸牛症状(耳閉感・耳鳴・感音難聴)を伴い、20分から数時間程度続く回転性めまい発作を反復し、中枢病変が否定されればMénière病と診断できます。本態は内リンパ水腫であり、薬物療法の中心はイソソルビドなどの浸透圧利尿薬で、内耳循環改善薬や抗めまい薬も併用されます。生活指導は水分制限ではなく、ADH分泌を抑える十分な水分摂取と、睡眠確保・ストレス回避が勧められる点に注意が必要です。頭位治療は良性発作性頭位めまい症、抗ウイルス薬はRamsay Hunt症候群の治療であり、めまいの持続時間と蝸牛症状の有無で鑑別することが大切です。病態から治療を導く考え方を身につけると、めまい診療全体の理解が深まります。
解答・解説
正解はcです
所見の整理
・43歳の女性。回転性めまいが約30分続く発作を繰り返している(反復性・発作性)。 ・発作時に右耳の耳閉感と「ジー」という耳鳴を伴う。耳閉感・耳鳴・難聴は内耳の蝸牛(聴覚を担う部分)の障害による症状で、まとめて蝸牛症状と呼ぶ。 ・鼓膜は正常で、中耳炎や真珠腫性中耳炎など中耳疾患を示す所見はない。 ・純音聴力検査で右耳に中等度の感音難聴がある。蝸牛症状が検査でも裏付けられている。 ・頭位眼振検査で左向き(健側向き)の水平眼振があり、前庭(平衡感覚を担う部分)の障害がある。 ・頭部MRIは正常で、小脳・脳幹の梗塞や出血、聴神経腫瘍などの中枢性・後迷路性病変は否定的である。
鑑別のプロセス
中枢性病変がMRIで否定されたので、末梢性(内耳性)めまいを考える。主な鑑別は次のとおりである。 ・良性発作性頭位めまい症〈BPPV〉:頭を動かした直後に起こる数十秒〜1分程度のめまいで、難聴・耳鳴を伴わない。30分持続し蝸牛症状を伴う本症例とは合わない。 ・前庭神経炎:数日続く激しいめまいが1回だけ起こり、難聴を伴わない。 ・突発性難聴(めまいを伴うもの):難聴の発症は1回限りで、めまい発作を反復しない。 ・Ramsay Hunt症候群:耳介・外耳道の帯状疱疹、顔面神経麻痺を伴う。本症例ではいずれも記載がない。 ・内耳炎:中耳炎に続発することが多いが、鼓膜は正常である。 本症例は「蝸牛症状(耳閉感・耳鳴・感音難聴)を伴う、20分〜数時間程度の回転性めまい発作を反復する」という特徴を満たし、Ménière病と診断できる。
眼振の向きについて
Ménière病の発作では、初期に患側(右)向きの刺激性眼振が出ることがあり、その後は健側(左)向きの麻痺性眼振となることが多い。本症例の左向き水平眼振は、右内耳の前庭機能低下を反映したものとして矛盾しない。
治療の考え方
Ménière病の本態は、内耳の膜迷路に内リンパ液が過剰にたまる内リンパ水腫である。治療はこの水腫を軽減することが中心であり、薬物療法の代表がイソソルビドなどの浸透圧利尿薬である。
選択肢考察
- ×a. 水分制限
誤り。内リンパ水腫を減らす目的で、かつては水分や塩分の制限が勧められたこともあった。しかし現在はむしろ十分な水分摂取(水分摂取療法)が勧められている。水分を多めにとると血漿浸透圧が下がり抗利尿ホルモン〈ADH、バソプレシン〉の分泌が抑えられる。ADHは内耳での水の再吸収にも関わると考えられており、その分泌低下が内リンパ水腫の軽減につながると説明される。ストレスや睡眠不足もADH分泌を高めるため、生活指導では十分な睡眠・ストレス回避・有酸素運動もあわせて勧める。
- ×b. 頭位治療
誤り。頭位治療(Epley法などの耳石置換法)は、良性発作性頭位めまい症〈BPPV〉に対する治療である。BPPVは、卵形嚢から外れた耳石が半規管内に入り込み、頭位変換のたびに異常な内リンパ流動を起こす病態で、頭の向きを順に変えて耳石を卵形嚢へ戻す。BPPVのめまいは頭位変換に伴う数十秒程度の短いもので、難聴や耳鳴を伴わない。30分続くめまいと蝸牛症状を伴う本症例には適応がない。
- ○c. 利尿薬投与
正しい。Ménière病の薬物療法の中心は、イソソルビドなどの浸透圧利尿薬である。血漿浸透圧を高めて組織から水分を引き出し、内リンパ水腫を軽減することでめまい発作の予防や聴力の改善を図る。このほか、内耳循環改善薬(ATP製剤など)、抗めまい薬(ベタヒスチン)、ビタミンB12製剤なども併用される。発作時の急性期には制吐薬や7%炭酸水素ナトリウム液の静注などで症状を抑え、聴力が急に悪化した場合は突発性難聴に準じて副腎皮質ステロイドを用いることもある。
- ×d. 抗ウイルス薬投与
誤り。抗ウイルス薬(アシクロビル、バラシクロビルなど)は、水痘・帯状疱疹ウイルスの再活性化によるRamsay Hunt症候群の治療に用いる。同症候群では、耳介や外耳道の帯状疱疹(水疱)、末梢性顔面神経麻痺、めまい・感音難聴などの第8脳神経症状がみられ、副腎皮質ステロイドと抗ウイルス薬を併用する。本症例には帯状疱疹や顔面神経麻痺がなく、反復する発作という経過もMénière病に一致する。
- ×e. ガンマグロブリン投与
誤り。免疫グロブリン大量静注療法は、Guillain-Barré症候群、慢性炎症性脱髄性多発根ニューロパチー、川崎病、免疫性血小板減少症〈ITP〉などで用いられる治療であり、Ménière病の治療には用いない。
Ménière病の概要
・病態:内耳の膜迷路に内リンパ液が過剰に貯留する内リンパ水腫。原因は明らかでないが、ストレス、睡眠不足、過労などが誘因となり、ADHの関与も考えられている。 ・好発:30〜50歳代に多く、やや女性に多い。几帳面で神経質な性格傾向、ストレスの多い生活との関連が指摘される。 ・症状:10分〜数時間続く回転性めまい発作を反復し、発作に一致して難聴・耳鳴・耳閉感(蝸牛症状)が変動する。多くは一側性だが、経過とともに両側化する例もある。 ・聴力像:初期は低音障害型の感音難聴が典型で、発作を繰り返すうちに高音域にも及び、難聴が固定・進行することがある。 ・検査:純音聴力検査、グリセロールテスト(浸透圧利尿薬投与後に聴力が改善すれば内リンパ水腫を示唆)、蝸電図、造影MRIによる内リンパ水腫の描出などがある。
診断(日本めまい平衡医学会の基準の要点)
確定診断例は、①20分から12時間程度の回転性または浮動性めまい発作を反復する、②めまい発作に伴って難聴・耳鳴・耳閉感の聴覚症状が変動する、③第8脳神経以外の神経症状がない、④内耳・後迷路性疾患、小脳・脳幹を中心とした中枢性疾患など他の疾患を除外できる、を満たすものとされる。
治療の段階
1. 生活指導:十分な睡眠、ストレス回避、適度な有酸素運動、水分摂取療法。 2. 薬物療法:浸透圧利尿薬(イソソルビド)、内耳循環改善薬、抗めまい薬、ビタミンB12、抗不安薬など。急性発作時は安静・制吐薬・炭酸水素ナトリウム静注など。 3. 中耳加圧療法:外耳道に圧をかける機器を用いて内リンパ水腫の軽減を図る。 4. 手術・侵襲的治療(難治例):内リンパ嚢開放術、鼓室内ステロイド注入、選択的前庭機能破壊(ゲンタマイシン鼓室内注入、前庭神経切断術)など。
末梢性めまいの比較
・BPPV:頭位変換で誘発、持続は数十秒、蝸牛症状なし、反復する。 ・前庭神経炎:数日続く激しいめまい、蝸牛症状なし、通常1回。先行感染のことがある。 ・突発性難聴:突然の高度感音難聴、めまいを伴うことがあるが反復しない。 ・Ménière病:20分〜数時間のめまい、蝸牛症状あり、反復する。 ・Ramsay Hunt症候群:耳帯状疱疹、顔面神経麻痺、第8脳神経症状。
POINT
・反復する数十分〜数時間の回転性めまい+蝸牛症状(難聴・耳鳴・耳閉感)+中枢病変なし=Ménière病。 ・病態は内リンパ水腫で、典型的な聴力像は低音障害型感音難聴。 ・薬物療法の中心はイソソルビドなどの浸透圧利尿薬。 ・生活指導は水分制限ではなく、十分な水分摂取・睡眠・ストレス回避。 ・頭位治療はBPPV、抗ウイルス薬はRamsay Hunt症候群の治療。
