酔って椅子で眠った翌朝、手首が上がらない―Saturday night palsyで覚える橈骨神経麻痺
第105回医師国家試験 A問題 第24問
国試問題にチャレンジ
60歳の男性。左手関節の背屈ができなくなったことを主訴に来院した。3日前,飲酒後に居間の肘掛け付き椅子で朝まで眠っていたという。目が覚めてから左手関節の背屈ができず,左母指と左示指との背側にしびれ感があることを自覚した。2日間様子をみていたが,回復しないため受診した。 障害された可能性が高い神経はどれか。
- a.腋窩神経
- b.筋皮神経
- c.橈骨神経
- d.正中神経
- e.尺骨神経
対話形式の解説
ドクター
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ドクターまとめ
飲酒後の深い眠りなどで上腕を長時間圧迫すると、上腕骨の橈骨神経溝で骨に密着して走る橈骨神経が障害され、Saturday night palsyと呼ばれる麻痺が起こります。手関節・手指の伸展ができない下垂手と、母指・示指背側を中心とした手背橈側のしびれが特徴で、上腕三頭筋の枝は近位で分かれるため肘伸展は通常保たれます。前腕での後骨間神経麻痺では感覚障害を伴わない下垂指となり、障害の高さによって症状が変わります。腋窩神経は肩外転、筋皮神経は肘屈曲、正中神経は猿手、尺骨神経は鷲手と、麻痺する運動と感覚障害の範囲を組み合わせることで障害神経を特定できます。多くはニューラプラキシアで自然回復が期待でき、装具で拘縮を防ぎながら経過をみるという臨床の流れまで押さえておくと、整形外科や神経内科の実臨床にも直結します。
解答・解説
正解はcです
所見の整理
・60歳男性。飲酒後に肘掛け付きの椅子で朝まで眠り込んだ。 ・起床時から左手関節を背屈(伸展)できない。 ・左母指と左示指の背側(手背の橈側)にしびれがある。 ・2日間経過をみても改善しない。
診断へのプロセス
飲酒で深く眠り込むと寝返りなどの体動が減り、上腕を肘掛けや椅子の背に長時間押しつけたままになる。上腕骨の中央付近では、橈骨神経が骨の後外側にある橈骨神経溝(らせん溝)に沿って骨に密着して走るため、外からの圧迫で傷みやすい。このような状況で起こる橈骨神経の圧迫性麻痺は、公園のベンチで眠る場面になぞらえて「Saturday night palsy(土曜の夜の麻痺)」と呼ばれる。 運動障害として手関節の背屈ができない状態は、橈骨神経が支配する手関節伸筋群(長・短橈側手根伸筋、尺側手根伸筋)や指伸筋群の麻痺による「下垂手(drop hand)」に相当する。感覚障害の範囲である母指・示指の背側(第1・第2中手骨間の背側を中心とする領域)は、橈骨神経の感覚枝である浅枝の固有支配域と一致する。 運動と感覚の両面が一つの神経の障害で説明でき、圧迫されやすい解剖学的部位と発症状況も合致するため、障害された神経は橈骨神経と判断できる。
設問の考え方
上肢の末梢神経障害は「どの動きができないか(麻痺する筋)」と「どこがしびれるか(感覚支配域)」を組み合わせて障害神経を特定する。本例は手関節背屈障害と手背橈側の感覚障害という組み合わせであり、他の神経では説明できない。
選択肢考察
- ×a. 腋窩神経
腋窩神経は腕神経叢の後神経束から出て、三角筋と小円筋を支配する。障害されると三角筋の麻痺により肩関節の外転(腕を横に挙げる動き)が困難となり、肩の外側(上腕近位外側、いわゆる「連隊章部」)に感覚障害が生じる。肩関節脱臼や上腕骨外科頸骨折に合併しやすい。手関節の運動や手指の感覚には関与しないため、本例には当てはまらない。
- ×b. 筋皮神経
筋皮神経は外側神経束から出て、烏口腕筋・上腕二頭筋・上腕筋を支配する。障害されると主に肘関節の屈曲力が低下し(腕橈骨筋が残るため完全には失われない)、上腕二頭筋腱反射が減弱する。感覚枝は外側前腕皮神経となって前腕外側の感覚を担う。手関節の背屈障害や手背のしびれは生じないため、本例とは合わない。
- ○c. 橈骨神経
橈骨神経は後神経束から出て、上腕三頭筋、腕橈骨筋、手関節伸筋群、指伸筋群、長母指外転筋などの伸筋群を広く支配する。上腕骨中央の橈骨神経溝で圧迫されると、上腕三頭筋への枝はそれより近位で分岐しているため肘の伸展は保たれるが、手関節と手指MP関節(中手指節関節)の伸展ができなくなり、手首が垂れ下がる下垂手を呈する。感覚障害は母指・示指の背側を中心とする手背橈側に出る。飲酒後の睡眠中の圧迫という発症状況、下垂手、感覚障害の範囲のすべてが本例と一致する。
- ×d. 正中神経
正中神経は前腕の屈筋群の多くと、母指球筋(短母指外転筋、母指対立筋、短母指屈筋の浅頭)および第1・第2虫様筋を支配する。手根管症候群などで障害されると母指の対立運動(母指の腹を他の指先に向ける動き)ができなくなり、母指球が萎縮して「猿手」となる。感覚障害は母指から環指橈側半分の手掌側に出る。手関節の背屈は保たれ、しびれも手掌側なので本例とは合わない。
- ×e. 尺骨神経
尺骨神経は尺側手根屈筋、深指屈筋の尺側部、小指球筋、骨間筋、第3・第4虫様筋、母指内転筋などを支配する。肘部管症候群などで障害されると、骨間筋・虫様筋の麻痺により環指・小指のMP関節が過伸展しPIP・DIP関節が屈曲した「鷲手(かぎ爪変形)」となる。母指内転筋の麻痺によりFroment徴候も陽性となる。感覚障害は小指と環指尺側半分に生じる。本例の症状とは部位が異なる。
橈骨神経の走行と障害部位による違い
橈骨神経は腋窩から上腕の後面へ回り、上腕骨の橈骨神経溝を斜めに下って肘の外側前方に出る。肘の付近で、感覚を担う浅枝と、運動を担う深枝(後骨間神経)に分かれる。 ・高位麻痺(上腕部での障害):Saturday night palsyや上腕骨骨幹部骨折で起こる。手関節・手指の伸展障害(下垂手)と手背橈側の感覚障害が生じる。上腕三頭筋の枝はより近位で分かれるため、肘伸展は通常保たれる。 ・低位麻痺(後骨間神経麻痺):前腕近位での障害(回外筋入口部のFrohse(フローゼ)のアーケードでの絞扼など)。手関節の背屈は長橈側手根伸筋の枝が残るため可能だが、橈側へ偏位しながらの背屈となる。手指MP関節の伸展ができない「下垂指(drop finger)」を呈し、感覚障害は伴わない。 ・腋窩部での圧迫(松葉杖麻痺)では上腕三頭筋まで麻痺しうる。
上肢末梢神経麻痺と特徴的な手の変形
・橈骨神経:下垂手(高位)、下垂指(後骨間神経) ・正中神経:猿手(低位)、祝祷肢位(高位で、握ろうとすると母指・示指・中指が曲がらない) ・尺骨神経:鷲手、Froment徴候
予後
圧迫による橈骨神経麻痺の多くは、神経の連続性が保たれた一過性の伝導障害(ニューラプラキシア)であり、数週〜数か月で自然回復することが多い。回復を待つ間は、手関節を背屈位に保つ装具(コックアップスプリント)を用い、関節拘縮を防ぐ。
POINT
・飲酒後の眠り込みなどで上腕を長時間圧迫 → 橈骨神経溝での橈骨神経麻痺(Saturday night palsy)。 ・高位の橈骨神経麻痺:下垂手+母指・示指背側(手背橈側)の感覚障害。 ・後骨間神経麻痺:下垂指で、感覚障害はない。 ・障害神経は「麻痺する運動」と「感覚障害の範囲」の組み合わせで特定する。腋窩神経=肩外転、筋皮神経=肘屈曲、正中神経=猿手、尺骨神経=鷲手。
